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ミュージカル 「おとこたち」 観劇レビュー 2023/03/18


写真引用元:ミュージカル「おとこたち」公式Twitter


公演タイトル:ミュージカル「おとこたち」
劇場:PARCO劇場
劇団・企画:PARCO PRODUCE 2023
脚本・演出:岩井秀人
音楽:前野健太
出演:ユースケ・サンタマリア、藤井隆、吉原光夫、大原櫻子、川上友里、橋本さとし、梅里アーツ、中川大喜
演奏:種石幸也、佐山こうた
公演期間:3/12〜4/2(東京)、4/8〜4/9(大阪)、4/15〜4/16(福岡)
上演時間:約2時間40分(途中休憩20分)
作品キーワード:ミュージカル、日常、ヒューマンドラマ、夫婦
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆



劇団「ハイバイ」を主宰する岩井秀人さんが、「ハイバイ」の代表作である『おとこたち』を初めてミュージカル化して、豪華キャストを迎えての上演を観劇。
私自身、「ハイバイ」の作品は2022年7月に上演された『ワレワレのモロモロ2022』を一度観劇したことがある。
『おとこたち』は、過去に東京芸術劇場でストレートプレイとして2度上演されているが私は未見である。

物語は、4人の大学時代の仲間である"男たち"を中心として、彼らが大学を卒業してから老いるまでの半生を群像劇のように展開していく話である。
この4人というのは、今作ではユースケ・サンタマリアさんが演じる山田、藤井隆さんが演じる津川、吉原光夫さんが演じる鈴木、橋本さとしさんが演じる森田の4人である。
山田はどの仕事に就いても上手くいかなくて職を転々とする男性、津川は芸能活動をしていて戦隊モノの役に抜擢されるも、撮影中に二日酔いでゲロを吐いてしまって仕事を失う男性、森田は妻(川上友里)と結婚するも、アルバイト先で不倫をしてしまう男性という設定。
一方で鈴木は、大学をストレートで卒業して製薬会社の営業に就職、営業成績一位でプロダクトマネージャーに就任、花子(大原櫻子)とも結婚して子供も出来て順風満帆な人生を送る。
だからこそ、鈴木とそれ以外の男たちでどうしても人間関係に溝が出来てしまって、そんな溝がシリアスに描かれるのではなく、終始コミカルに描かれるからこそ観ていられるが、よくよく想像したら辛くなってしまう。
まるで私たちの人生の一部を切り取ったようなリアルな日常の展開に様々な感情が渦巻いた。

私はミュージカルとして今作を初めて観劇したが、私がイメージしていたミュージカルとは少し違って、『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』のように終始楽曲によってストーリーが進行する訳ではなく、要所要所に歌のパートがあるくらいで、6割以上がストレートプレイだった印象。
そもそもストレートプレイがベースの物語なので致し方ないかもしれないが、個人的にはもっとミュージカル要素を強めて欲しかったかなという感想。
これならば、ストレートプレイ版から観たかったと思ってしまった。日常の会話劇をミュージカル化するとのことなので、東宝がやっているような圧倒的な迫力のミュージカルに仕上げるのは難しいのかもしれないが、ちょっとストレートプレイにもミュージカルにも振り切れていない感じが個人的には少々物足りなく感じてしまった。

そして、今作はストーリーを見せるというよりも、むしろ個性豊かなキャストの演技を見せることにフォーカスされた芝居にも感じられた。
ユースケ・サンタマリアさんのあの奇策で自然な感じの演技には誰しもが共感して身近に感じられて好きだったし、今年の読売演劇大賞の杉村春子賞を受賞した大原櫻子さんのあの演じる女性の役によって全く別人に感じられるくらい、風俗嬢とエリート営業マンの妻をしっかりと演じ分けていて好きだった、その上今回の上演で加筆されたというミュージカルソロパートの歌声の透明感と迫力に涙させられた。
吉原光夫さんも、あの実力でのし上がった感じの威圧感ある男性という役が物凄く好きだった、だからこそ後半の鈴木のパートは本当に観ているのが辛かった。
藤井隆さんは本当にずるい役回りで、あの個性溢れる演技をこれでもかというくらい劇中で披露されていて一番笑わせて頂いた。

今作は、ミュージカルとしては物足りなかったけれど、キャスティングが個性豊かで豪華であるが故に、よくも悪くもキャストに助けられた舞台作品のように感じた。
それでも、約2時間40分飽きさせること無く、岩井さんらしい「ハイバイ」ワールド炸裂で、なかなかお目にかかれないものを観劇出来たというだけでも一見の価値はあるのでオススメしたい。

写真引用元:ステージナタリー PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」より。(撮影:御堂義乘)



【鑑賞動機】

岩井秀人さんが創る舞台作品は、『ワレワレのモロモロ2022』で初めて観劇して非常に楽しませて頂いたので、今後の「ハイバイ」の舞台作品を積極的に観劇しようと思っていた。そこで今回は、豪華キャスティングで「ハイバイ」の代表作をミュージカル化するとのことだったので、昨年(2022年)の11月からチケットを予約して観劇を待ち望んでいた。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

ユースケ・サンタマリアさんの前説とアドリブから始まる。そこからユースケ・サンタマリアさんが山田に切り替わって上演がスタートする。山田は、大学時代の仲間である津川(藤井隆)、森田(橋本さとし)、鈴木(吉原光夫)と共にCHAGE and ASKAの『太陽と埃の中で』をカラオケで熱唱する。山田は、大学卒業後に就職して一般企業に勤めることになる。
森田は、良子(川上友里)と既に結婚していた。しかし、良子には内緒で森田はアルバイト先が一緒の純子(大原櫻子)のことが好きになり不倫することになる。森田は、結婚したい相手と性行為をしたい相手は別だと主張して、奥さんである良子とは性行為をしなくなり、純子の家に頻繁に行っては性行為をしていた。森田は何日も家に帰らず良子を家に一人にさせたりしていた。
一方、鈴木はストレートで大学卒業後に大手製薬会社に就職、営業成績が良かったこともあり年収もみるみる上昇してエリートの道を突き進んだ。そして大学時代から付き合っていた花子(大原櫻子)と結婚することになる。そんな順風満帆な人生を送る鈴木のことを、山田も津川も森田もよく思っていなかった。
津川はずっと芸能活動を続けていて、「隠れ戦隊ニゲンジャー」という戦隊モノのキャストにオーディションを受けて合格する。その「隠れ戦隊ニゲンジャー」のキャストには世間的にも有名な女優(大原櫻子)もキャスティングされていて、そんな女優と一緒に仕事が出来ることを津川は大変嬉しく思って、その女優に軽々しく触れて激しく叱られる。その女優の所属事務所はヤクザたちによって運営されているようだった。

山田は、就職した会社でなかなか上手く行かず、飲み会後ベロベロになった山田の姿を撮影されて、それは随分と目が離れた自分の顔のドアップ写真だった。
山田は、新卒で入社した会社を退職して、今度はコールセンターに勤めることになった。しかし、そのコールセンターの現場でも電話越しの相手がスピーカーの故障で怖い口調でクレームを言ってきて、それに山田は怯えてしまって下手な対応をしてしまい、さらに相手を怒らせてしまった。
森田は、良子が自分が不倫していることを気づいていないと思っていたが、何日も森田が家に帰らないことから不倫しているのではと気がついていた。そして、良子と純子が実は電話でお互いやり取りしていて、森田が不倫をしていることを確かめることが出来た。森田自身だけ、自分の妻と不倫相手が繋がっていることを知らず、自分の不倫はバレていないと思っていて、常にのんきに明るく妻に振る舞っていた。怒りが頂点に達したと思われる良子は、10日間家に帰ってこないよう森田に命じる。不倫されていることを知っていることを暴露し、しっかり頭を冷やして欲しいと言う。
津川は、「隠れ戦隊ニゲンジャー」の撮影で、その有名人である女優と共演していたが、昨日の酔が残っていて撮影中に、しかもその女優に向かってゲロを吐いてしまって大惨事になる。女優は激怒して津川は戦隊モノの役をクビになる。

森田は、再び自宅に戻ってくるが、妻の良子から離婚届を渡される。
また、同じアルバイト先だった純子に関しても、森田が奥さんに内緒でずっと不倫されていたことに嫌気がさしてしまい、森田から離れることになった。その上、純子は森田が働くアルバイト先を辞めて違う職場に移った。純子はデリヘル嬢として働くようであった。
その純子が働く風俗に、コールセンターで散々な目にあってヘトヘトになった山田がやってきた。山田は、純子の甘い勧誘に載せられて我を忘れてしまう。しかし、目の前を生気を失った津川が通りかかったことによって我に帰った。津川は、一度ではなく二度も撮影中にゲロを吐く問題を起こしてしまって、いよいよ仕事がなくなってしまったいたのだった。

津川が、その後事故を起こして病院に搬送されたというので、森田、山田、鈴木は彼の見舞いに行く。津川は全身を包帯でグルグル巻にして車椅子でやってくる。津川は、どうやらスピリチュアルに興味を持ったらしく、エレメントの話を始める。「光」「水」などを連呼する。
一方、デリヘル嬢となった純子は、星空の綺麗な夜の街中で『自転車』という楽曲をソロで披露する。
その頃、鈴木は勤めている製薬企業で営業成績一位を取り、その昇進祝いが行われていた。これで鈴木はプロダクトマネージャーへと昇進するようである。鈴木が自分自身のお祝いの場で浮かれている中、鈴木の部下(中川大喜)から後輩の寺本という社員がビルから飛び降りて集中治療室で手術を受けているとの連絡が入った。
鈴木は帰宅する。家には妻の花子がいた。花子も寺本のことについてよく知っており、彼のことについて話していた。鈴木は悩んでいた、自分は順風満帆な人生を送ってこられたが、みんながそういう訳ではない。そんな苦しさをソロパートとして鈴木は歌っていた。

ここで途中休憩に入る。

鈴木と花子の間に息子の太郎(藤井隆)が生まれる。山田や森田は生まれたばかりの赤子を可愛がってくれるが、鈴木に対しては冷たかった。
一方津川は、スピリチュアルにさらに傾倒し、山田をそのスピリチュアルの仲間の所へ連れてきた。山田はベッドに仰向けに寝て、女性のスピリチュアル仲間たちが身体に触れるか触れないかの瀬戸際あたりで波動のようなものを送っていて、山田は洗脳されそうになる。
鈴木は、会話が出来るようになった太郎に手品を教えた。右手にあったコインを消す手品である。太郎は一生懸命その手品を披露するが、どうしてもコインを左手に隠しているというのが分かってしまう。妻の花子は、凄い凄いと太郎が手品が出来ることについて褒め称えるが、鈴木は手品の完璧度合いを求めるあまり、これを褒めてはいけない、もっと特訓させるべきと叱っていた。そこで花子と鈴木で意見が食い違ってしまって夫婦喧嘩に発展してしまう。
さらに、太郎は山田や森田たちにも手品を披露するが種が分かってしまうと少し馬鹿にされた感じがあって、より一層鈴木は手品を完璧にさせようと奮起してしまう。

一方、森田の妻であった良子は癌にかかって治療することになった。看病をするために度々良子の自宅へやってくる森田。森田は一人でテレビドラマを観ながら楽しんでいた。
鈴木の息子である太郎は、成長して15歳くらいになって反抗期を迎えていた。鈴木は太郎からよく無視されるようになり、そして妻の花子からも冷たくされるようになり、家での居場所を失っていた。鈴木は髪の毛がボサボサになり、服装もひどくダラシないものを着て、山田と二人でパチンコをしに遊びにでかけていた。
パチンコをしながら、一枚の旗に一文字が記載されて、それが列になって横に長いロープのようなものが舞台上を移動する。鈴木は、妻と太郎に嫌われてしまって居場所がないことを山田に吐露していたようだった。
パチンコのあと、二人は電車でヤクザに絡まれて鈴木が喧嘩を売られたと思って喧嘩を始めてしまいトラブルになる。

鈴木は自殺してしまった。これから鈴木の葬式が開かれる。
回想シーンになり、なぜ鈴木が自殺することになったのか、その経緯が鈴木のモノローグによって語られる。鈴木は、ずっと製薬企業で勤めてきて営業成績トップでエリートコースまっしぐらだった。年収も人並みよりは全然高い金額をもらっていた。しかし、その稼いだ金で養っている妻子からは冷たくされ、家に居られなくなっていた。自分の金で生きているのに、そんな自分を軽蔑するなんて耐えられないと。
鈴木は風呂上がりで全裸で脱衣所?にいた。そこへ息子の太郎が誰もいないと思って、脱衣所の扉を開けてしまった。間違って開けてしまったこと自体は問題ないと鈴木は思っている。そのことに関しては悪気はないのだから。しかし、その後太郎は開けてしまった扉から全裸の鈴木を見て指を指して笑い、扉をそのままにして走り去って行ってしまったのだと。その太郎の行為が、鈴木にとっては許せなかった。もうこんな家にはいられないと思ってしまった。

山田や森田は、黒い喪服を着て葬式に参列する。鈴木の遺体を見て、今まで鈴木の顔をしっかり見たことはなかったと二人してつぶやく。
太郎はジャージのままで葬式に悪態をついて参列していた。そんな太郎の様子を見て山田たちは叱りつける。自分の父親の葬式だというのに、その態度は何だと。これでは鈴木もさぞ悲しむどと。太郎は、スマホに音声として残っていた、鈴木と花子と太郎の親子喧嘩の様子の録音を流し始める。それは、鈴木が太郎が手品が上手く出来なくて叱りつける様子と、それを止めようとした花子が鈴木からも怒鳴りつけられて喧嘩に発展してしまった音声だった。

良子は、がんの治療を続けていたが、どうも一人で生活していくのは大変だったらしく、地域のバレー部に入団していた。そのバレー部の様子を見に来た森田は驚く。そのバレー部の部員たちがあまりにもパワフルで個性が尖っていたから。
また、山田は年老いてだいぶボケが入るようになっていた。津川が話しかけると、どうやらオレオレ詐欺に山田は引っかかっているようで、80歳になると下りる保険があるから、その前に生命を狙われるのだと言っていた。津川は、それは詐欺だと説明するが山田は聞かなかった。
山田は施設に入った。山田はボケが入って色々な人の人生経験がごちゃまぜになっていた。最後にカラオケで歌を歌って上演は終了する。

大学卒業から老後までの半生ということで、30歳になる私としては今後の人生を考えていく上で結構恐怖にも感じた。人生どんなことが起こるか分からない。どこかで転落するかもしれないし、思わぬきっかけが好転させるかもしれない。
鈴木の人生の転落の仕方が、もうなんか居た堪れなかった。詳しくは考察で書くが、あんな人生だけは送りたくはないし、かといってずっと振るわない人生であるのもそれは辛い。
様々な男性の人生のロールモデルを覗き見られた感じがして、凄く色んなことを考えさせられるストーリーだった。でも、できれば最初はストプレで見たかった。

写真引用元:ステージナタリー PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」より。(撮影:御堂義乘)



【世界観・演出】(※ネタバレあり)

劇団「ハイバイ」の舞台作品でよく登場するような、抽象的なオブジェが点在するユニークな舞台セットで、ストレートプレイのシーンは多めであるけれどしっかりミュージカルとして成立するパートもあって、凄く目新しさを感じられる世界観・演出だった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ中央には複数の円形の平台のようなものが段上に設置されていて、基本的には役者たちはその円形の平台の上で芝居をする。ステージ中央奥には、その中でも最も高さのある円形の平台が置かれていて、その上で山田がカラオケで熱唱したりしていた。
その最も高い円形の平台の真下には、今作で演奏を担当するベースの種石幸也さんとキーボードの佐山こうたさんが演奏されていた。
あと目に留まる舞台装置としては、ステージの四隅に赤いポールのようなものが伸びていて、かなりの高さがあった。そのポールも真っ直ぐ伸びているのではなく所々クネクネと曲がりながら伸びていて、モダンなオブジェといった抽象造形物だった。
それ以外の小さな舞台セットや小道具もいくつかあって、要所要所のシーンでベッド代わりに使われたりテーブル代わりに使われるテーブルが一つステージ上に置かれていた。円形の平台がそれぞれ高さが違うので、下手側と上手側で段差が生じているのだが、その段差を活かしてテーブルを段差の上に置くことで斜めに設置されるのだが、その斜面を活かしてベッドに見立てる演出が印象的だった。「隠れ戦隊ニゲンジャー」のヘルメットが結構大きい上に舞台上でも非常に目立つので好きだった。
デハケは、下手側と上手側にそれぞれ一本の道のようなものが存在していて、そこから登場したり捌けたり出来るようになっている。

次に舞台照明について。
まず序盤のカラオケのミラーボールの照明がとてもカラフルで好きだった。早速冒頭からCHAGE and ASKAの『太陽と埃の中で』でテンションが上がる。
あと印象に残ったのは、大原櫻子さん演じる純子の『自転車』という楽曲のソロパートでの舞台照明。夜の街をイメージした世界観で、ステージ後方の暗幕上には無数の星の光が(おそらく豆電球)照明として光り輝いていて素敵な演出だった。大原さんの歌声も相まって非常に心動かされるシーンだった。
あとは、津山が事故で入院して全身が包帯グルグル巻きの状態で登場したシーンで、白く光り輝くような照明の元でミュージカルが歌われたシーンも演出として好きだった。

次に舞台音響について。
ミュージカルの楽曲としては、やはりピカイチで大原櫻子さんが熱唱する『自転車』が素晴らしかった。どうやらこの楽曲、というかこのシーンは今回の上演で加筆されたパートなのだというが、ミュージカルとして観に来た私にとって、こういったシーンが観たかったというまさにドンピシャなシーンで素晴らしかった。大原さんの歌唱力を最大限に引き出していて、そこからもデリヘル嬢となった純子の気持ちも垣間見えるし、どことなく虚しさを感じさせられる楽曲で凄く好きだった。こんなシーンを今回のために加筆してくれてありがとう岩井さんと思った。
あとは、冒頭のCHAGE and ASKAの『太陽と埃の中で』だろうか。この曲をカラオケで熱唱するシーンはストレートプレイ版でもあるようだが、より大劇場で派手にエンタメ風に演出されていたのは凄く楽しめた。ユースケ・サンタマリアさんの熱唱は、いかにも気持ちよさそうに歌っているので大満足だった。
あと印象に残るのは、パチンコのシーン。鈴木が家族から嫌われて家に居場所がなくなった時、山田と鈴木は二人でパチンコをしに行っていたが、そのパチンコをしているシーンに関しては、二人とも普通に会話する形で進行するのではなく、パチンコの雑音が物凄い音量で流れながら、旗が一列にロープにくくりつけられた舞台装置が登場して、それが横に移動する形で旗に一文字ずつ書かれている文字が流れることで、まるで字幕のように会話内容が表現される。このシーンのパチンコの環境音が、物凄いノイズのような環境音なのだけれど、鈴木の心情を表現しているような感じがして好きだった。
あとは、鈴木の葬式の時に太郎がスマホに録音していた親子喧嘩の音声にもダメージを受けた。これが実際劇中で上演されたら結構キツイが、録音の音声ならまだ聞ける。けれど、鈴木が死んでしまったという事実と、その息子の太郎が葬式なのに普段着の姿でこれを流すことに衝撃を受け、結構ダメージは大きかった。

最後にその他演出について。
全体的に舞台セットや演出の仕方が、根本宗子さんに似ていると感じたのは自分だけだろうか。月刊「根本宗子」の舞台です、もしくは作演出が根本宗子さんだと言われても違和感を抱かない気がする。世代的に根本さんが岩井さんの影響を受けたと思われるので、源流は岩井さんの方だと思うが、近年は根本さん自身も音楽劇に注力されているので、リアルな日常を音楽劇、もしくはミュージカルで上演するというムードは凄く業界としてもあるのだろうなと感じた。あとは舞台セットの抽象度みたいな部分も似ている(舞台を具象的に全部作り込まない感じ)し、パチンコのシーンなんかも月刊「根本宗子」でありそうな演出に感じた。私が以前月刊「根本宗子」の舞台で観た2019年12月に上演された『今、出来る、精一杯。』に出現しそうな演出だったと個人的に感じた。
あとは本来であればシリアスな日常なのだけれど、そこを上手くコミカルにエンタメに落とし込んでいる感じの上手さもみられた。例えば、津山がゲロを吐くシーンを女優に茶色い巨大なよだれかけみたいなものをかえて表現するというのが個人的にはユニークで面白いと感じた。
舞台上に山田、つまりユースケ・サンタマリアさんの巨大な顔ドアップ写真が天井から下りてきたのにも度肝を抜いた。しかも目が離れているので、その強烈な演出も印象に残った。
ミュージカルにしては、歌に聞き入るほどの没入感はなく、かといってストレートプレイと捉えるとエンタメ性が強くて台詞一つ一つに没入しにくくて、凄く中途半端に感じてしまったのが個人的には勿体なく感じた。ミュージカルでやるのなら、むしろ開き直って大幅に脚色して上演した方が潔かったのではないかと思う、と言いつつそれが成功するのかは上演してみないと私も判断出来ないが。もっと大原さんの歌唱力を引き出すシーンは観たかったし、吉原さんの歌唱力を引き出すパートも観たかった。第一幕最後の、昇進祝い後の自宅でのソロパートでは物足りなく感じた。お話を見せる、キャストの歌唱力を見せる、のどちらも作品に組み込もうとした結果、両方とも中途半端になった感が否めなかった。でも、貴重な作品を観劇できたことは非常に良かったが。

写真引用元:ステージナタリー PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」より。(撮影:御堂義乘)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

今作はこれでもかというくらい豪華なキャスティングで、尚且皆出演者が個性豊かで、絶対彼らでしか出来ないミュージカル『おとこたち』を創り上げているなと感じた。
出演者が多くないので、キャスト全員について取り上げていく。

まずは、山田などを演じるユースケ・サンタマリアさん。ユースケさん自身はテレビでもおなじみなのだが、舞台で演技を拝見するのは今回が初めて。
まず、冒頭の前説がとても好きだった。フランクに客席に語りかけてくれる感じで一気に緊張感をほぐしてくれるし、凄く人前で話し慣れている感じも好感が持てた。舞台俳優だと結構アドリブが苦手でカーテンコールでの挨拶に苦戦する役者さんも多いので、スムーズに劇へ誘導してくれる感じが見事な演出でもあった。
そして劇中での山田の役だが、酒に溺れたり、仕事が上手く行かなくて落ちぶれる感じに、どこか応援したくなるようなキャラクター性があって好きだった。ユースケさんが演じるからこそ、本来ならシリアスになりうるシーンもコミカルに感じられて見やすくなるのかもしれない、そして元気を貰えるのかもしれない。
終盤の年老いた山田も良かった。年金を奪い取る詐欺被害にあったり、認知症で色んな人の過去の記憶がごちゃまぜになっている感じが、こちらも本来ならシリアスになりうるのだが、ユースケさんが演じることでコミカルに見えてエンタメとして楽しめる不思議さがあった。

次に津川、鈴木の息子である太郎を演じる藤井隆さん。藤井さんの演技は、蓬莱竜太さんが作演出を務めた『広島ジャンゴ2022』(2022年4月)で演技を拝見したことがある。
今回の藤井さんの演技は、過去『広島ジャンゴ2022』で拝見した時よりも、より藤井さんの個性的な部分を活かした演技だったように思えて非常に楽しませて頂いた。津川役を演じた藤井さんも、芸能活動をする役ということで、女優に手を出しそうになったりと、実際の役者も陥りそうな失敗を上手くコミカルに演じていて素晴らしかったのだが、個人的には太郎の役がとても面白いと感じた。あの太郎の感じは藤井さんじゃないと絶対に出せない味だなと思う。
例えば、太郎がコインを消す手品をやる時の感じ。ちょっと恥ずかしそうに手品を披露するあのクセのある喋り方と動きが、とても太郎らしさを醸し出していて笑ってしまった。素晴らしかった。絶対あの演技は藤井さんでないと出来ないと思う。
逆に、鈴木の葬式の時の太郎には少し恐怖感を抱いた。今まで藤井さんが出していたコミカルな演技は全くなく、そのふてくされた演技には何か笑えないものがあって、そうやって上手く演じきれる藤井さんが素晴らしかった。

次に鈴木役を演じた吉原光夫さん。吉原さんは、シス・カンパニーの『23階の笑い』(2020年12月)、東宝ミュージカルの『レ・ミゼラブル』(2021年7月)と2度演技を拝見している。
元劇団四季の劇団員ということで、非常に歌唱力の高い役者だが、今作ではその歌唱力よりはむしろストレートプレイの演技にフォーカスされている感じがした。
鈴木という人間は、大手製薬会社に入社して営業成績もトップで年収も非常に高い、そして妻も子供もいるという順風満帆な生活をしている。だからこそ、結果主義というか実力主義な思想が強くて、子供にもつい完璧を求めてしまう。だからこそ、子供はそんな親に反抗してしまう。誰しもが、鈴木のように順風満帆な人生を送りたくても送ることは出来ない。でもその感覚が鈴木にはない。だからこそ鈴木は一匹狼的に嫌われてしまう。そして中年に差し掛かると孤立してしまって、自殺に至ってしまう。私的には、この鈴木の役には非常に衝撃を受けた。人生は何が起こるか分からないものだけれど、ここまで転落してしまうこともあるのだなと、そして自分の父親もそんな印象を受けるので、決して他人事ではないからこそ衝撃的だった。
ということで、その威嚇してくるような強面な吉原さんの演技が鈴木にピタリとハマっていた。ただ個人的には、もう少し歌パートを観たかった。

森田役を演じる橋本さとしさんも素晴らしかった。橋本さんは、劇団☆新感線出身の俳優で演技は、NODA・MAPの『Q』:A Night At The Kabukiで一度拝見している。
この森田のダメっぷりにはちょっと腹が立ってしまった。男性である自分でもけじめがなさすぎて呆れていた。こんなに家に帰ってこなくて不倫していないとか奥さんが思うわけないだろうと、奥さんを馬鹿にしすぎだろと思ってしまう。また、このヘラヘラして力の抜けた感じもまた腹が立ってしまう。
けれど橋本さんは、俳優としてのオーラも素晴らしいので、なぜか見入ってしまう所もある。頭の中では、森田はダメな奴だなと思いつつ、橋本さんが演じるからこそ、品があるように感じて観ていられるのが不思議だった。

そして、純子、花子、それ以外の女性役も器用に演じた大原櫻子さんも非常に素晴らしかった。大原さんの演技は、シス・カンパニーの『ザ・ウェルキン』(2022年7月)に続き2度目の演技拝見である。大原さんは、今年(2023年)の読売演劇大賞にて新人俳優賞に該当する杉村春子賞を受賞している。
大原さんに関しては、ストレートプレイとしての演技力の高さも垣間見られたし、ミュージカル女優としての歌唱力の高さもお目にかかれて大満足だった。大原さんは純子と花子という対称的な女性の役を演じる。花子は鈴木の奥さんということで上品でおとなしい女性という感じが好感持てた。一方で、純子はデリヘル嬢で、俗っぽい世界を生きている女性。そこには彼女の演技から力強さとたくましさが感じられて好きだった。
個人的には、大原さんは花子のようなおおらかな女性よりは、俗っぽい感じの力強い女性を演じる方が魅力をより感じるなと思う。物語終盤のバレー部員の芝居でも、パワフルでパンチパーマの女性の役をやっていたが、そういう方が向いていると思った。非常に素晴らしい女優だと感じる。
そして『自転車』でのソロパートは本当に涙が出るくらい感動する歌声で、このシーンを生で拝見出来て本当に良かったと感じた。

森田の妻の良子役を演じた劇団「はえぎわ」所属の川上友里も素晴らしかった。川上さんの演技は、ほりぶんの『一度しか』(2022年10月)で一度拝見している。
『一度しか』で川上さんの芝居を拝見した時は、小劇場出身の女優という感じのたくましさを感じさせる演技が素晴らしくて、殻を打ち破って演技している感じが素晴らしかった。今回は、森田の妻の良子役という点では、非常におしとやかな女性の役だったので、個人的には川上さんの良さを活かしきれていない感じがした。
しかし、良子がバレー部に入部してからの役がめちゃくちゃ面白くて、あのぶっ飛んだ感じの勢いある演技が、これぞ川上さんの芝居の良さだと思っていたので、そこが観られて大満足だった。

あとは、梅里アーツさんは初めて演技を拝見したが、なかなか味のある演技をされていて面白かった。
それと、劇団イン・ノートの主宰の一人である中川大喜さんが出演されていることにびっくり。そして小劇場好きの私としても、明治大学出身の学生劇団の主宰がこんな大きな商業公演に出演していて嬉しかった。中川さんは、アガリスクエンターテイメントの『ナイゲン(2022年版)』(2022年6月)で出演されていたのを観劇しているが、今回は大物俳優に囲まれて、その中でも若さという武器を活かして全力でぶつかっている感じが観られて良かった。

写真引用元:ステージナタリー PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」より。(撮影:御堂義乘)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

私は、ミュージカル『おとこたち』を3月18日土曜日のマチネで観劇したのだが、丁度その回はアフタートークが企画されていて、「ハイバイ」の岩井秀人さんとゲストにはテレビプロデューサーの佐久間宣行さんを交えてのトークだった(実は本物の佐久間さんにお目にかかれたのはこれが初めて)。
佐久間さん自身も「ハイバイ」をアトリエヘリコプターという小さな劇場で出会ってからファンになって、ずっと観続けているのだそう。そして東京芸術劇場で上演された『おとこたち』も観劇していたとのこと。佐久間さんは、ストレートプレイ版しか知らない『おとこたち』をミュージカル化するとのことで、一体どんな作品に仕上がるのか楽しみにしていたとおっしゃっていた。
佐久間さんとしては、ミュージカルになるからこそ、森田の不倫のシーンは彼の台詞に説得力が増してより観ていられるシーンになったとおっしゃっていた。
佐久間さんとの対談に関してはここまでにして、ここではストレートプレイ版を観ていない私が今作を観劇して思ったことをつらつら感想ベースで書いていこうと思う。

岩井さんが、今作をミュージカルにしようと考えたきっかけというのは、大原櫻子さんと吉原光夫さんが出演されていたミュージカル『ファン・ホーム』(2018年2月@シアタークリエ)を観劇したことなのだそう。ミュージカルというと、『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』のような西洋の非日常の物語を歌にして豪華に大きな劇場に仕立てるイメージが私にもあるが、かつての岩井さんもそのようなイメージがあったという。しかし、ミュージカル『ファン・ホーム』は、家庭の日常を上手くミュージカルに落とし込んでいて、そこから「ハイバイ」の作品もミュージカル化出来るのではと思ったのだそう。
私自身は『ファン・ホーム』を観劇したことがないので、その作品に関しては何も言及出来ないが、日常をミュージカル化することが不可能なのではなくて、日本人の生き様というのを現代音楽でミュージカル化することが難しいのではないかなと感じている。日本人と欧米人の価値観の違いというか、人と人との関わり方は全く異なると思っていて、欧米人はハグをしたりキスをしたりを初対面の人に対してもしたりと、割とわかりやすい形で表現するので、感情を隠すということはせずに、オーバーに表現することがコミュニケーションとされている。一方で、日本人はそんなことはせずに、協調性を重んじる人種なので、表面には出さないけれど内部で抱いている感情を読み取る繊細な部分にこそ、物語や作品の良さがあったりする。欧米はローコンテクスト、日本はハイコンテクストというコミュニケーションの仕方の違いである。
ミュージカルの素晴らしさというのは、音楽の良さもあるがその迫力も大事だと思う。そう考えたときに、やはり日本人のハイコンテクストの価値観を取り入れた楽曲には、優劣とかではなくて迫力というものに関しては乏しく感じてしまうと思う。
だから個人的には、今回の「ハイバイ」の日本人の日常をミュージカルに乗せるという演出に、上手く合っていない部分を感じたのではないかなと思う。
これであれば、ミュージカルではなく音楽劇として一部を歌にしてストレートプレイをメインにした方が良いのではないかと思った。

ここからは脚本を考察していく。
岩井さんがこんな脚本を当時描いたということは、成功している人に対して何かしらのコンプレックスを抱いていたのだろうか。鈴木という役の設定とその結末を考えるとそう思ってしまう。
この脚本を総括すると、年収や肩書に目がくらんで実力主義で人生を歩んでも、人からは見限られて孤立してしまう。だから、平凡な人生でも、凹む毎日が続いていたとしても、人生というのは何があるか分からず素晴らしいものだから、長生きしようといったようなメッセージにも捉えられる。
個人的には、この作品を観て救われる人が、人生上手く行っていない人に限られてしまう感じがして、もし人生で上手く行っている人がこの作品を観たら、その人に対しては作品の中では救いはなくなってしまうと思っていて、たしかに万人ウケさせる必要はないけれど、ちょっとそのストーリーの進め方にはモヤモヤが残ってしまうなと感じた。
当初は、小劇場向けの作品として書き下ろされた作品で、人生の王道を進む人はきっと小劇場演劇を観ないであろうという前提で創られたのかもしれないが、個人的には順風満帆な人生を送る人間をただただ悪者扱いする脚本に感じられた点は、ちょっとしっくりいかない部分があった。
けれど、ストレートプレイ版を観るとその感想も変わるかもしれないから、また再演されることを望んでいる。

写真引用元:ステージナタリー PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」より。(撮影:御堂義乘)


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