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中学校の教室で町の未来を創造する?まちづくり学習の可能性とは?-高野山での実践をもとに-

自己紹介

私は、2020年度から和歌山県高野町の町立中学校でまちづくり学習の実践研究に取り組んでいます。研究のテーマは「初等中等教育における“まちづくり学習”の実践が共創まちづくりに果たす役割の分析」で、実際の教育現場でのアクションリサーチに基づき、学際的なアプローチで研究を行っています。

ふるさと学習に取り組む生徒ら

アクション部分では、高野山金剛峯寺を擁する和歌山県高野町の町立中学校にて、教員との協働で、中学校の3年間で学習することを想定した“まちづくり学習”の企画・実践に取り組んでいる。

リサーチ部分では、まちづくり学習の企画及び実施の過程を分析するとともに、授業実施後の生徒へのアンケート調査と教員・地域住民への聞き取り調査により、各年度の学習プログラムとその実施方法について生徒の学びや地域住民の反応の比較から検討している。それにより、まちづくり学習の実施に向けたプログラムのあり方とその課題を整理している。


なぜ高野山で、まちづくり学習の企画・実践活動をはじめたのか?

私の活動フィールドである和歌山県北東部に位置する“高野山”は,真言密教の根本道場である「壇上伽藍」や,空海の御廟である「奥之院」をはじめとする世界遺産の構成地区を中心とした仏教都市であり,年間120万人の観光客が世界中から訪れる地域である。高野町は「ふるさと学習」の充実を重要な教育政策の一つに掲げ,2024年の高野山小学校との小中一貫校化を念頭に小学1年生からの9年間で継続的に地域について学ぶカリキュラムの設計を進めている。

高野山の地図

高野山中学校において1年生を対象に実施されてきた「ふるさと学習」は,担任教員によって内容が異なるものの,いずれも高野山の歴史や伝統産業を知るための調べ学習を中心とした内容であった。2020年度に1年生の担任教員となる教員A は,この「ふるさと学習」において「高野山のまちの未来を考える」ことをテーマとしたまちづくり学習の企画を検討する。その際,相談を受けた筆者が学校所属の学習指導員として,教員Aとともにまちづくり学習の企画・実施を行うことになった。


高野山の概要

高野山は、「蓮の花」に見立てられた1,000m級の峰々に囲まれた海抜800m・総面積15㎢の盆地に位置する。一山全域が金剛峯寺の境内地で、117の塔頭寺院や役場、幼稚園から大学、診療所、商店、民家などが所狭しと立ち並ぶ。800人ほどの僧侶を含む約2300人の住民が暮らし、年間約120万人の参詣客が訪れる観光都市となっている。

観光客数と外国人宿泊客数の推移

また,弁天公園,金輪公園など,観光資源化はしていないが歴史的に重要な地域資源がまち中に多く点在するのも高野山の特徴といえる。しかしながら,現在のツーリズムでは金剛峯寺や奥之院などの観光名所に隣接して整備された大規模駐車場を拠点に車やバスで足早にまちを巡る観光スタイルが目立ち,宿泊客は減少傾向にある。そこで高野町では,『弘法大師入定1200 年ご遠忌大法会』がとり行われる2034 年までに道路舗装の石畳化や電柱の地中化など,歩きやすいまちにするための環境整備が進められている。なお,町の人口は年々減少しており(2020年2,970人 → 2023 年2,710 人),高野山中学校の生徒数は40名となっている。

観光資源化はしていないが歴史的に重要な地域資源

さらに,高野山には僧侶と職人の支え合いによって育まれてきた宗教と暮らしの文化があるものの,少子高齢化・人口減少により高野山の文化を支えている地域産業の後継者が不足している。

高野山の伝統産業

まちづくり学習とは

地方小都市では,就業機会の不足などに起因する都心部への人口流出や,自治会や町内会の弱体化による人間関係の希薄化など,地域コミュニティの衰退という課題に直面している。この根底には,住民の地域に対する関心の低さがある。地域に対して無関心な住民が増えることが無縁社会に繋がり,前述の課題の進行を加速させるため、まちづくりの担い手をいかに確保し次世代に継承していくかが大きなテーマとなっている。そうした課題への対応として注目される取り組みのひとつが,子どもたちのまちへの関心や愛着の醸成,まちづくりに必要な知識やスキルの習得などをめざして実施される「まちづくり学習」だ。

まちづくりを教育に取り入れる試みは,西山・渡辺らが「まちづくり教育」を提示して以降,幅広い分野で実践的に取り組まれてきた。なかでも2002年に全面実施された「総合的な学習の時間」においてまちづくりが教材として広く取り上げられることで,まちづくり学習の実践と研究が大きく展開することになる。

まちづくり学習は,学習指導要領等で明確に定められたカリキュラム内容がある訳ではなく,各々の地域によってプログラムは異なり,その地域の特性にあった形で学校教員らの創意工夫によりカリキュラムが組み立てられているのが実情である。その具体的な内容としては,地域資源の保護・活用やモビリティマネジメント,人口減少社会に対応したまちづくりのあり方等,現実の地域が抱える課題解決をテーマに設定したものを多く確認できる。

そうしたまちづくり学習で取り組まれる子どもたちの学習やまちづくり活動は,多くの場合,地域の多様な主体の協力のもとで成立することになる。そのために,まちづくり学習はそれまでの地域で見られなかった主体間の新しい交流連携を生み出す機会としても期待されている。


まちづくり学習の課題

一方,既存のまちづくり学習は,単発的な実施にとどまるものが多いため,大人からの情報提供に終始し子どもの主体性を活かしきれなかったり,イベント的要素が強いために楽しいだけで終わってしまったりと,数回の学習で地域が抱える問題意識を共有することの難しさが指摘されている。

まちづくり学習を単発の教育事業として捉えるのではなく,常にその授業とまちづくりや市民活動とが連携し,相互作用的に循環向上させていくプロセスのなかで実施していくことが必要であるが,必ずしも生徒の進級にともない担任教師が持ち上がるわけではないため,地域連携が断続的になったり,まちづくり学習自体が引き継がれずに持続的なまちづくり活動に発展していない活動も多い。

まちづくり学習や環境学習など地域教育に関する研究を概観してみても、まちづくり学習の実践における地域連携の重要性や長期的な効果に関する研究はまだ限られている。過去の研究からは、まちづくり学習における地域連携の重要性が示唆されているが、具体的な変化や効果についての理解はまだ不十分である。特に、子どもの都市環境認識に対するまちづくり学習の影響に関しては、詳細な評価が必要である。また、地域連携の持続性や変遷を長期的に追究することにより、まちづくり学習の効果をより具体的に明らかにする必要がある。


研究活動の目的

私の研究活動の目的は、まちづくり学習における地域連携の変化や効果を長期的に追究し、子どもの都市環境認識へのまちづくり学習の影響を評価することである。具体的には、高野山中学校での4年間にわたるまちづくり学習の実践データを分析し、地域連携の持続性や変遷を明らかにする。これにより、まちづくり学習の効果や地域連携の重要性を科学的に裏付け、持続可能なまちづくりのための教育手法や地域との連携のあり方に関する示唆を提供することを目指す。

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