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メディカル・ハック 第3話
轟音がする方向から離れるように走り、開けた場所に出た。そこには既に多くの人が集まって来ていた。目を覆いたくなるほど痛々しい姿の負傷者も。
状況は分からないが、恐らく事故や災害の類の、何か大変な事が起きているらしいことは分かった。
連日続く大雨で、老朽化していた箇所が崩壊し、そこからドミノ倒しのように付近の建物が崩れていった、というのは後になってから知った話だ。
背負っていたミモルを下ろせば、さっきよりも明らかに腫れ上がっている。治療が必要だ。リゲルを見る。
リゲルは思い詰めたような表情で下唇を噛み、混乱している人々を見ていた。
「どこまでやれるか……」
ぼそりと呟いた後、リゲルは大声で人々に呼び掛けた。
「MCOの治療員です!! ケガの治療が必要な人は教えてください!!」
よく通る、張りのある声。最初のヘラヘラしていた印象と対極に、真剣な面持ちだ。
しかし人々はリゲルを訝しげに見やり、互いに顔を見合わせながらヒソヒソと話すばかりで、ケガ人達も名乗り出る気配が無い。
その心理は、俺にもよく分かる。治療費を払うような経済力が無いのだ。しかもリゲルは身なりも容姿も良い。悪い言い方になるが、ここにいる人々にとって、リゲルは親切な人ではなく、むしろこの混乱に乗じて金儲けしようとしている狡猾な余所者に見えているだろう。
そこへ、思わぬことが起きた。
「私達もMCOの者だ!! 負傷者はいるか!?」
俺たちと別の方向から現れたのは、数時間前にミモルの家の近くで見た介錯士たちだった。リゲルの話よると、介錯士もMCOに属しているから、医療の技術があるのは確かだろう。
しかし、やはり人々は彼らに近づこうとしない。最悪、治療しきれない大怪我なら介錯士に殺されるのではないか、という懸念まで抱かれている可能性すらある。
「災害時の治療費は国から多少の保証が下りる。だから…」
リゲルが懸命に呼び掛けるも、
「本当か?」
「さあ…嘘だったら誰が金払ってくれんだ? そもそも〝多少〟って何だよ…。金持ちの〝多少〟は、俺たちには大金だろ」
人々は怪訝な顔をして声を顰めるばかりだった。
俺は思わず率直な感想を述べた。
「MCO、めちゃくちゃ嫌われてるんだな…」
リゲルは一瞬睨んで来たが、俺のことなど構わずにまた声を張り上げる。
「治療させてください!! お願いします!!」
「うるせぇ!! そんな金があるなら、こんなことになってねぇんだよ!!!!」
誰かが叫んだ。そのひと声を合図に、あちこちで「そうだそうだ」と声が上がる。
リゲルも介錯士たちも、焦燥と悔しさが滲む顔で、口を結ぶ。
そんななか、群衆から一人の女性が進み出た。幼い子どもを抱いている。
「落ちて来た瓦礫で子どもがケガをしたんです。治療費は一生かけてでも支払いますので、どうか助けてください! お願いします……!!」
続いて名乗りを上げたのは二人の少年。
「弟がケガしたんだ! 俺も頑張って金払うから、弟を助けてください…!!」
彼らの声に、人々は顔を見合わせて、どうすべきかと互いの出方を窺うような空気になった。
そうだ。俺も、俺でも、せめて自分にとっての大切なものを守れるようになりたい。
「リゲル、ミモルの治療も頼む。治療費は俺が払う」
リゲルとミモルが目を丸くしている。
「アノン、それは…」
ミモルが何か言い掛けたのを遮った。
「それと、他の人の治療も、俺に何か手伝えることがあれば言ってくれ」
「………!!」
心なしかリゲルの目が潤んでいた。
「中に、エルピスの麻酔弾が入っている。補充するから出してくれ。僕は患者の状態を確認する」
リゲルは、辞めたい仕事でも、人から疎まれる立場でも、自分の成すべきことを分かっているのだろう。「助けて欲しい」と訴えた人たちもそうだ。
それを「羨ましい」と思っている自分がいた。
無力で無知で貧乏で、あまりにも俺には何も無い。どうせ大きなことは成せやしないで死ぬだろう。だけど、せめて大切なものの一つや二つを、守れるくらいの人間で在りたい。
そんなことを思いながら、俺はリゲルから差し出された鞄の中へ手を伸ばした。
その時だった。
突然、炎のような赤い光が灯った。
「え……?」
見ると、ボロボロの服の布越し、首から提げた石が発光しているのがわかった。
『コアとの接続を確認。エルピス適合完了』
どこからか機械的な音声が響く。
俺は鞄の中の何か重要な機材に触れたらしいが、壊してしまったのかと思い、リゲルを見た。
リゲルは信じられないものでも見るような目で驚愕の声を上げる。
「まさか……!?!?」
鞄から出したのはハンドガン…ではなくエルピス。リゲルのとは少し見た目が異なり、赤い石が埋め込まれている。そしてなぜか、俺が持っている小石と共鳴しているかのように光っていた。
『久々のお目覚めだ。さあ、今度の私のバディーはどんな奴だ?』
低く渋い、どこか愉快そうな声がした。
脳に直接話し掛けられたかのような、不思議な感覚だった。
「え…? 誰、だ……?」
『私はジャクト。君が私を起こしたんだろ?』
「ジャクト……?」
わけが分からないまま繰り返すと、リゲルが俺の両肩を掴んだ。
「〝ジャクト〟、そう言ったのか!?」
リゲルにはあの声が聞こえていないらしい。
「あぁ、何か知らないけど、変な声がして……俺が起こしたって……」
「僕が探していたのは君だ…!! 君がジャクトの新たな適合者なんだ!!」
興奮した様子のリゲルから言われたことを、俺は反芻する。
「俺が、エルピスの適合者……?」
『君の名前は?』
「俺はアノン……」
俺は混乱している頭で、脳内に聞こえる声に取り敢えず応答した。
『アノンか。宜しくな。さて、どうやらここには多数の患者がいるようだな?』
言われて周囲を改めて見れば、突然の光に誰もが戸惑い、どこか怯えているようだった。
側に座り込んでいたミモルと目が合う。彼女は俺と同様にただただ驚き、唖然としている。
「ミモルを…、彼女のケガを治療したい」
『承知した。負傷箇所に打ち込みたまえ』
俺は言われるがままに、しかし間違い無く自分の意思で、赤く光るエルピスをミモルの足に向けた。
近くで悲鳴が上がる。客観的には、銃を向けているように見えるからだろう。
それに俺は医療の技術も知識も無い。これは恐らく自分の立場でやってはいけない行為なのだろうということも頭の隅では分かっていた。
そして、忌み嫌われる側になることでもある。
それでも俺は生まれて初めて、〝自分は今この瞬間のために生きて来たのではないか〟と、そう思った。
「アノンが治してくれるってこと…?」
ミモルが聞く。
俺が黙って頷くと、ミモルも頷き穏やかに笑った。
「そう。じゃあ、お願いします」
雨の中に差し込んだ一筋の陽の光のような、そんな笑みだった。
そして俺は、引き金を引いた。
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