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『みな、やっとの思いで坂をのぼる』(永野三智 著 ころから株式会社 2018)読書感想文

今回は『みな、やっとの思いで坂をのぼる』という本を紹介したい。この本には副題がある。「水俣病患者相談のいま」だ。そう、この本には、水俣病の“今”が描かれている。

著者である永野三智氏は水俣で生まれ育ったが、水俣病のある生活から目を背けるために別の土地へ逃げ移った過去を持つ。水俣病患者の知人に心無い言葉をかけてしまった経験も持つ。しかし、恩師が関わる水俣病訴訟をきっかけに、改めて、水俣病と向き合い、現在は財団法人 相思社の水俣病相談窓口を担当されている。その法人は坂の上にある。

1956年に始まった水俣病問題。本書は、60年以上が経った“今”の水俣病患者の言葉とその言葉を受け止め続ける永野氏の葛藤の記録だ。

熊本水俣病の特徴の一つとして、胎児性水俣病がある。例えば、1960年代生まれの胎児性水俣病患者およびその疑いのある方は現在、50代~60代である。水俣を離れた人も多いだろう。水俣病と闘っている人は全国に“今”もいるのだ。

彼らの存在、そして、差別や偏見から逃れるために、自身の症状を誰にも相談できない人、隠し続ける人がいることが、水俣病問題が現在進行形である所以の一つである。

そんな人々が、やっとの思いで坂をのぼり、相談に来る。彼らの言葉には、胸が痛くなる。世の中が不条理であることを再認識する。

永野氏は、彼らの言葉を聴くたびに「彼らは社会から虐待を受けてきている」と感じるそうだ。そして、永野氏も僕も、その社会の一員だ。

近い将来、患者の方々、自身の症状を隠し続けた方々は亡くなってしまうだろう。そうなった未来で、また水俣病問題が繰り返されないために、そして、本書と同様の書が100年後にも出版されないために、社会の中の一人の“当事者”として、心に留めておきたい書だ。

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