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情報処理フレンドリーな文章を

伝わりやすい文章を書きたく、ロジカルな文章力を1段階レベルアップさせたいのですよね。(勿論、ストーリーテリング能力も向上させたいです。)

記号の使い方など、いろいろな技術はあるものの根幹にあるのは抽象化だと思うのです。そして、文章作成における抽象化って、この2つな気がするのです。(今時点の理解で思いつきで書いてるので、アップデートがあるかもしれません。)

  • 自分が骨の髄まで分かっているか(抽象化、構造化できるレベルで理解している?)

  • 相手の立場で客観的に見られているか(相手に親切?)

まずは、自分が骨の髄まで分かっているか(抽象化、構造できるレベルで理解している?)、です。伝える上で、何が伝えたいのか、を骨の髄まで理解しているのが大事だと思うのです。それに付随して、何のためにそれを伝えたいのか、、伝えたいことを伝える上でその伝え方で良いのか、伝わるとどのような状態になっているのか、などを抽象的に、そして具体的に思考できないといけないと思うのです。

なぜ大事かと言うとそのなぜなにを伝えているかをあぶり出せないと、抽象化ができない、からです。つまり、「これテストにでるよ」ができるかどうかが大事なのです。「これが一番大事であとは捨ててもいい、もしくは帰ってから覚えてよ」と言える、抽象化が大事です。これができないと、欲張ってしまい、全部伝えようとします。そして、全てをフラットに伝えようとします。重み付けができないのです。

相手が、「あ、これ自分に関係ありそう」とわかって「あ、ここだけ抑えておけばいいのかな」と情報の整理を手伝って上げられるように、構成を加える、小見出しを付ける、太字にする、順番を変える、大事じゃないものは別の媒体で伝えるなど、抽象化・構造化が必要で、抽象化・構造化をするためには、骨の髄まで分かっているか、が重要なのです。

もう一つは、相手の立場で客観的に見られているか(相手に親切?)、です。例えば、自分のタスク管理シートに、情報を発信しないといけない、というタスクがある場合に、情報さえ発信してしまえば利己的な目的は達成されます。しかし、その発信の向こう側には、その情報が相手に伝わらないといけない、というミッションが有ると思います。伝える、でなくて、伝わる、というやつです。

と考えると、発信すること自体の向こう側を考えて、自分の文章に過信せずに、客観的に文章をみれないと行けない気がします。あらゆる角度で文章や発信方法を客観視することで、相手に伝わる、そして相手が情報処理しやすい文章になるのではないかなと思っています。

「この文章って曖昧じゃない?自分で情報補填して読んでない?」「相手にとってのwhyに対してちゃんと腑に落ちるように説明できてる?」「ここからの情報だけ伝えて大丈夫?前提不足してない?」「相手に伝わらないような自分が所属しているグループ独自の略語使ってない?」など、考え続けます。

一点目と共通しますが、自分を守るために伝えたいことだけを(情報過多になるかどうか気にせず)伝えるのではなく、伝わらないのは書き手の責任だと自負して、相手の認知処理にフレンドリーで親切な文章を心がけたいなと思っております。(理解しないまま情報を発信すると、理解を相手に押し付けることになるので、一点目でも親切であることが大切ですね。)

僕も話すとき書くときに、自分が言いたい書きたいから言う(例えば、特に相手には関係ないのに「この動画2倍速で見ましたけど、」と2倍速で見たかは誰の特もしない情報だけと少し自慢したく言っちゃうとか)、自分を守るためだけに言う書くとか、そういうことをしてしまうことがあります。

でも(楽しむ心とか、特には自分を中心に鍛錬のために文章を書くとかはありつつ、相手に伝えることが中心となる場合は、)自分が骨の髄まで分かっているか(抽象化、構造化できるレベルで理解している?)相手の立場で客観的に見られているか(相手に親切?)を大切に文章を書いていきたいと思います。

それでは、今日もお疲れさまでございました。今日は疲れたので、文章がいつも以上に下手くそだなと思いました。そして、僕は急に忙しくなりました。忙しいことに感謝。ありがとうございます。では、さようなら。また明日。

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