マガジンのカバー画像

ファンタジー

37
吉田図工のファンタジー作品です
運営しているクリエイター

#SF

【ショートショート】嘘汁

「ちゃんと腹一杯で来たか」 そんな飲食店にあるまじき挨拶で祖母のような店主に迎えられた。 すぐに店主は奥の厨房に入り、空いている席に着くと店内を見回す。 街の定食屋のような内装だが来店したと言うよりは、田舎に帰省したような感覚のほうが相応しい雰囲気だ。 「ここはコレしか出さんぞな」お冷とお椀を載せたお盆を携えて厨房から店主が再び現れた。 否応にも胸は踊る。なんせ1年に1日しか開店しない、幻の店と呼ばれるこの店の予約が取れたのだから。 湯気が立ち昇るお椀。見た目も匂いも…味噌汁

【ショートショート】ユイム

 しばらくの間、自分がどこを歩いているのか向井忍は分からなかった。麦畑という名の駄菓子屋にさしかかった所でやっと、そこが実家に続く道だと気がついた。子供の頃、母とよく訪れていたパン屋もあり確信を深めるとふと懐かしい気持ちが沸き起こった。 その角を曲がれば、もうすぐそこに実家がある。  実家の前に若い女性が立っていた。忍の姿を見つけると彼女は手首だけを動かし小さく手を振った。なぜならその腕には赤ん坊が抱かれており、忍はその女性が母の照美だとすぐに分かった。 「待ってたよ。随分と

【ショートショート】円の滝登り

今は明日。 嘘みたいな話だが、日本という国は『日』の二本の屋台骨が倒壊し『三本』と名を改め数年が経とうとしていた。 その影響は大きく経済活動におけるお金の流れが決壊し、円が逆流する『円の滝登り』と呼ばれる現象を誕生させた。 つまりお金に対する価値はひっくり返り、所持金を減らす為に労働し、消費する度にお金を得る仕組みになった。 その社会では常に、一文無しまた多額の借金がある状態が豊かさの象徴となる。ただ、社会の仕組みはひっくり返っても居酒屋に集まる人々が現状にぼやき続ける光景は

【ショートショート】そこでは首輪を外して

これといった特産品や観光資源が無く、とある町は財政難に苦しんでいた。 ある役場職員の発案で、起死回生の一手に打って出た。 国に何度も掛け合い町を『とある保護区』へ認可させる事に見事成功したのである。 半年後。 町は人が押し寄せる人気観光地へと変貌していた。 閑散としていた町に人々が行き交い、地元商店にも活気が生まれていた。 奇跡の復活ともえいる変貌を遂げた町に、興味を示した雑誌記者はカメラマンを帯同し発案者である役場職員の元を訪れた。 職員の案内で活気溢れる町並みを一通り写

【ショートショート】悩める貯金箱

商店街の鮮銭店にらっしゃいと威勢のいいダミ声が轟く。 貯金箱母さんはうんと見つめ商品を目利きする。 「今日ご主人開封日だっけ。新鮮で良い五百円入ってるよ」 「じゃあ、五百円玉をひとついただこうかしら」 「あと百円玉も五枚ください」と千円札を出した。 「まいど。百円おまけしとくよ」と店主は笑顔で百円を六枚入れ袋の口を縛った。 「ただいまー」貯金箱父さんの声にチャリンチャリンと貯金箱坊やは玄関に走った。 父さんは坊やを抱っこする。「いやぁ。だいぶ貯まってきて重くなったな。いや俺

【ショートショート】憑き物の予約

カランコロンと扉が開いた。 「いらっしゃいませ。おや、先日はいかがでしたか」 つい2週間前に来店した客なので店主は顔を覚えていた。 「小バエで散々な目にあったぞ」 「それは申し訳ございません。予めご了承いただいたハズですが…」 「苦情を言いに来たんじゃない。肝に銘じて早々に来年の予約を取りに来たんだ」 「そうでしたか。承知致しました」と店主は棚から商品メニューを取り出した。 「何!?もう売り切れがあるのか」 「はい。やはり人気の憑き物はシーズン終了と同時に来年度の申し込みがあ

【ショートショート】真夏の翻訳

ジリジリと太陽が照りつける公園。 日かげのベンチを見つけて博士は腰掛けた。 膝に載せたアタッシュケースを開くと機械の操作盤が現れた。 操作盤横に内蔵されているヘッドフォンを取り出し装着すると同じく内蔵されている集音マイクを手に取った。 博士は一息深呼吸をつく。 そして主電源のスイッチを入れるとヘッドフォンから通電を伝えるノイズ音が聞こえた。 操作盤にあるツマミを回すと、ピーガガガとアナログラジオのチューニングよろしくノイズ音は変化した。 僅かな周波数を探る様に繊細にツマミを調

【ショートショート】ドリームステイ

初めて訪れたその場所に私はただただ見惚れてしまった。 既視感のある風景でも空だと思ったらそれは海だった。 波しぶきの雲の合間を縫うように雨雲クジラが優雅に泳ぐ。 そして潮を吹き下げるとそれは地上に雨のように降り注いだ。 道端の植物も不思議な形をしており、そのどれもが焦げ茶色や黄土色をしていた。 一つを土から引き抜いてみると、カラフルな虹色の根っこが現れた。 釣られて土の中から羽の生えたモグラ鳥が飛び出し驚いて何処かへ飛んでいってしまった。 道なりに進むと1軒の民家が見えたので

【ショートショート】6月のカプリチオ

司令室を出て岸壁まで下りると潮風が吹き抜けた。 帽子を飛ばされないように押さえながら、まるで海が緊張している俺の事をからかっている様に感じた。 海上の目をやると港に停泊するカプリチオ号が見える。海水の積載をしている最中だ。 今日、俺は初めてあの機体の主操縦席を任される。 幼い頃からの夢が叶う事に人知れず拳を握りしめた。 「お、誰かと思えば今日が初泣きの新人パイロットじゃねえか。緊張して居ても立っても居られなくなったか」 その声に振り返ると整備バッグを携えた整備士の轍さんが笑顔

【ショートショート】杉浦星

「杉浦さーん」私の名が呼ばれる。 人生初の人間ドック。 緊張しながらこれまた人生初の胃カメラを飲み込む。 「え」 モニターを凝視する医者は、思わず漏れた声を置き土産に血相を変え診察室を飛び出した。 呆然が襲いかかり不安が纏わりついてくる頃、白衣を脱ぎスーツ姿の医師が戻ってきた。 「杉浦さん。大学病院で再検査しますので私と一緒に来てください」 ろくな説明も無いまま医院玄関に横付けされた車に強引にねじ込まれた。 診察室に入ってからこの間僅か15分足らず。 この異常事態に説明を求め

【ショートショート】そろばん裁判

法廷に検事の声が轟く。 「時代の流れの中で多くのアナログ機器がデジタルへの置換を終え、その役目を終えました」 被告人席のそろばんは俯いたままだ。 「なのにアナログ機器である被告は悠々と居座り続けている。電卓が主流になってもう何年経ったのでしょうか」 傍聴席のデジタル機器達は強く頷いた。 若手弁護士は気もそぞろに隣の空席に目をやった。 本来そこに座っているべき主任弁護人は 少し気になる事があると言ったっきり開廷直前になって何処かへ行ってしまった。 「先輩は一体何処に行ったんだよ

【ショートショート】じゃんけんver2.0

テレビの速報字幕やスマホの緊急通知等あらゆる手段でその発表は世界に衝撃を与えた。 『○月☓日深夜3時より史上初じゃんけんのシステムアップデートを実施』 連日連夜、放送各局はこの話題を取り上げた。 「これまで円滑に決められていた事の長期化が懸念されます。既に株価にも影響が…」 と経済評論家が論ずれば 「そんなん小学生鬼ごっこの鬼決めるだけで夕方5時来てしまいまっせほんまに」 とお笑い芸人は揶揄し 「もう分かるよね?来たるべき宇宙人との交渉の為にアメリカ主導で動きだしたわけ。もう

【ショートショート】賛成雨

「圭佑起きて!すごい雨だから」瑠美は勢いよくカーテンを開けた。 いきなり起こされて目を開けると土砂降りの雨が窓を打ち付けていた。 雨で何をそんなに騒ぐ必要がある?正直、朝から雨だと気分も乗らない。 「その言い方…晴れてる時に使うやつじゃん」 「ねぇ。天気予報士が『あいにくの雨模様』って言わないの何でか分かる?」 いきなりの質問に何も思いつかず「そうなの?」と眠たさの残る顔を撫で付けた。 「雨が良くない天気って全員に当てはまらないでしょ。例えば農家の人にとっては『恵みの雨』な訳