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【ショートショート】真夏の翻訳

ジリジリと太陽が照りつける公園。
日かげのベンチを見つけて博士は腰掛けた。
膝に載せたアタッシュケースを開くと機械の操作盤が現れた。
操作盤横に内蔵されているヘッドフォンを取り出し装着すると同じく内蔵されている集音マイクを手に取った。
博士は一息深呼吸をつく。
そして主電源のスイッチを入れるとヘッドフォンから通電を伝えるノイズ音が聞こえた。
操作盤にあるツマミを回すと、ピーガガガとアナログラジオのチューニングよろしくノイズ音は変化した。
僅かな周波数を探る様に繊細にツマミを調節すると急にクリアになった音声が耳に届いた。
しばし耳を傾け、上々の出来栄えに博士は頷きながらヘッドフォンを外す。
幾多の失敗を乗り越えようやく完成へとこぎつけた。これまでの開発の日々が脳裏を駆け巡る。
「そうか。ということは開発を開始した当時に生まれた者たちということになるのか」
感慨深いものがこみ上げていた。
真夏の太陽は高さも暑さも頂点を迎え、夏が本気を出している。
それに合わせる様にセミの声が一層激しさを増した。
苦節7年。
セミの翻訳機が今まさに羽化したのだった。
ヘッドフォンを再び装着する。彼らの最初で最後の命の本気に目を細めた。

『初めまして!初めまして!初めまして!初めまして!』
『ここにいます!ここにいます!ここにいます!ここにいます!』
『君が好きだー!君が好きだー!君が好きだー!君が好きだー!』

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