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【ショートショート】ドリームステイ

初めて訪れたその場所に私はただただ見惚れてしまった。
既視感のある風景でも空だと思ったらそれは海だった。
波しぶきの雲の合間を縫うように雨雲クジラが優雅に泳ぐ。
そして潮を吹き下げるとそれは地上に雨のように降り注いだ。
道端の植物も不思議な形をしており、そのどれもが焦げ茶色や黄土色をしていた。
一つを土から引き抜いてみると、カラフルな虹色の根っこが現れた。
釣られて土の中から羽の生えたモグラ鳥が飛び出し驚いて何処かへ飛んでいってしまった。
道なりに進むと1軒の民家が見えたので入口まで近づいて行くと、ソレは家に擬態した家まね象だった。
ピンと伸びた煙突がグニャリと曲がりそれが鼻と分かるとゆっくりと立ち上がりのっそのっそと歩いていった。
全てが初めて見るものなのに、何故か全てを知っている。不思議な気分に包まれていた。
今まで外だと思っていたらそれは室内で、昼と思っていたらそれはもう夜だった。
月の明かりのように光る大クラゲが海夜空を漂っている。
そしてやはりいつの間にか手に持っていた傘船を逆さに差し、乗り込む。
そして陸地から吹き上がる雨に乗って雲島まで昇っていった。
ふわふわとした雲島に上陸すると雲の出っ張りに腰掛けた見覚えのある男性がそこに居た。
「うそ。まさか…」私は思わず駆け寄った。やっぱり鈴鳴先生だ。
「先生!あの…本物の鈴鳴先生ですか?」
「君がそう思うなら」
先生と呼ばれた男性は読んでいた本を空中にふわっと投げるとソレは鳥のように羽ばたいて飛んでいってしまった。
私は手紙を渡そうとポシェットの中を探った。しかし取り出したのは花地蔵だった。
「あれ、おかしい。確かに手紙を書いて持って来たはずなのに」
「僕の世界だからね」とその男性は微笑んだ。
私は仕方なく手に持った花地蔵を男性に手渡した。

そこで私は目が覚めた。
何だかまだ夢の中に居るようなフワフワした気分が残る。
尊敬する人の夢に訪問する事ができる『ドリームステイ』というサービスを利用し、憧れである作家の鈴鳴凛先生の夢を訪れた。
先生の独創的な発想の源流を垣間見れたようで本当に幸せなひとときだった。
『先程は夢にお邪魔致しました。ありがとうございました』
興奮が醒めやらず無謀にも先生のSNSアカウントにDMダイレクトメッセージを送っていた。
徐々に冷静になり後悔しているとピコンとスマホの通知音が鳴った。

『君か。花地蔵ありがとう』

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