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逆張りの発想のほうが面白い

「逆張り」という言葉は、元々は投資の業界用語で、相場のトレンドに逆らった投資方法のことを指すようです。

近年では、世の中の多数の考え方とは異なる(逆の)、少数派の考え方を指すような、もう少し広い意味で使われている印象です。
間違っていたらごめんなさい。

私のnoteの投稿記事を振り返ると、「逆張り的」な考え方の内容がいくつかあるなと思って、それが自分の思考法の特徴かもしれないと気付いたので、過去記事をいくつか掘り起こして検証してみます。

休職はネガティブなこと?

メンタルの不調、または病気や怪我で、仕事を長期間休まないといけなくなったとしたら、多くの人は「良くないこと」「ネガティブな出来事」と感じると思います。

私のnote全般のテーマとして、休職は体調回復が最優先という前提を置いた上で、その次には「普段なかなかできない特別な体験」と捉えたほうが人生楽しくなる、という思想があります。

不幸な出来事ではなく、自ら人生の小休止を選んだのだ、と考えるのが大事、という下記の記事は、多くのスキを集めました(自分比)。

「つらい」と考えず、「楽しもう」というマインドが大事という以下の記事もよく読まれたようです。

真面目に生きるのはいいことだけど

日本人は、ルールやマナーをよく守り、勤勉で真面目な人が多いので、基本的には治安も良く、安全な国になっています。

ただ、「正直者はバカを見る」と感じたり、「窮屈で生きづらい世の中」と思えるケースもあります。

他人や社会に害をもたらさなれば、もっと適当に、不真面目に生きてもいいんじゃない?という提案をしています。そのほうが楽しいから。

ドロップアウトしたほうが悪いのか?

ドロップアウト=落ちこぼれ・脱落、と考えると、こちらのほうがダメな人間ってことになります。

しかし、もし組織のほうに問題があるのだとしたら、そこに適応できずに飛び出した側のほうが、案外まともで正しい選択なのではないだろうか、という逆転の発想。

極端な例だと「悪の組織から足を洗った人は真人間」ってことね。
必死で自分を正当化する無理矢理な意見💦ですが、これも逆張り的思考。

「治療」は必要か?

私は、適応障害のような症状は「不可逆的」と思っていて、治ったら病気前の状態にそのまま戻る、とは思えません。
ある意味では、一種の進化かもしれないとも思っています。

なので、普通に考えると「治さないといけない」と考えるのが正しいのかもしれませんが、あえて「治すというより、その先の生き方を考える・変える」のが本来の治療?なのではという思考になっています。

働くことについて

リタイヤの年齢じゃないのに、「長期間、働かない生活」を実際に送ることになって、働くことの意味や価値について考える時間ができました。

働いていた時には、それがあまりにも「当然」過ぎて、考えたこともなかったことです。いかに先入観で固まっていたことか。

人生の中に「働かない」があってもいいという主旨の投稿もしました。

まとめ

noteを始めて4ヶ月近く、記事は110を超えていて、ザッと数えても20以上は「逆張り的」な考え方と言える記事がありました。

他にも例えば、

気分が沈んでいる時に、あえて後味が悪いうつ映画を見たり、

【非オススメ】後味最悪のうつ映画は劇薬

「4」や「9」の忌み数字をラッキーナンバーと考えたり、縁起が悪いことを「縁起が良い」と逆解釈することのススメとか、

縁起もの、「負の要素」をプラスに転じる効能

「贅沢」はお金じゃなくて心の問題だよね、っていう考え方など。

本当に豊かで贅沢な暮らしは、お金はかからない


ひねくれ者、あまのじゃく、なところがあるのかもしれないけど、「多数派と逆の考え方をしてみる」というのは、頭の体操にもなるし、何より「発想の転換」をするほうが楽しいのです。

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