「働き方改革」があるので「働かない改革」について考えた
誰もが知っている「働き方改革」っていう言葉がありますね。
私の会社でも、かつては青天井だった残業時間が段階的に下げられ、最終的には国が定めた「上限45時間」になりました。
こういう変化はあったものの、働いている時には、当たり前すぎて疑問に思わなかったこと。
誰もが「働いている」ことが大前提なのですね。当然か。
働き方改革とは?
自分で調べてまとめるよりも、ChatGPTに聞いたほうが早い。
『働き方改革について教えてください』という質問を投げてみました。
回答は以下。
さすがAI。端的にまとめられています。優等生っぽいな。
「働かない改革」って言葉はあるのか?
次に、ChatGPTに『「働かない改革」について教えてください』という質問を投げかけてみました。
一般的には馴染みがない言葉なので、そもそもこんな言葉あるのか?と疑問を持ちつつ。ちょっと意地悪な質問だったかな。
こんなん出ました ↓
ちゃんと答えるんかーい。
すごいぞAI。
どこまで信憑性がある回答なのかは不明ですが。。。
でも、ほんまかな?これ。ご参考程度に、ですね。AIは疑え。
しかし、じっくり読むと、やはり「労働者が働く時間を減らす」という前提の回答ですね。
「働き方改革」の逆、と言いながら、言ってる内容は「働き方改革」の内容に近いものになっています。
つまり、「人は働くものである」というのが共通の認識なのですね。
そもそも「働かない改革」なんて言葉はないと思うのですよ。
というか、明確に意味は定義されていない、と言いますか。
「働き方改革」のもとで、あまり仕事をしない人や、仕事できる時間が減ることを皮肉ったり、揶揄する言葉として、たまに使われる勝手な造語なのかな、と解釈しています。
本当に働かない生き方
もし、本来の意味での「働かない革命」というのがあるとすれば、という仮定で考えてみました。
以下のようなことが思い浮かびます。
1.人生のうち、働かない期間が数年あることが珍しくない社会。
2.働いていない期間の生活が、ある程度は保証される社会。
3.数年のブランクなら、キャリアに不利をもたらさない社会。
あくまで個人的な仮説ですが、こんな感じかな、と思います。
考え方としては、「サバティカルタイム」に近いですね。
現状は、「生産年齢の人は、ブランクなしで労働をするのが当たり前」とされる社会で、そこから外れた人は、「働いている人」から非難される対象になりがち。
たとえ、病気等で仕方なくだったり、働かなくても十分なお金がある人、不労所得がある人(FIREなど)であっても同じこと。
理由によらず、働ける年齢なら働くのが普通、という価値観が固まっていて、それが多数派ですね。
で、働いていない人は肩身が狭い思いをするというのが現状。
働き方の多様性より、生き方の多様性
働き方の多様性をうたうなら、人生の中で「働く時期」と「働かない時期」がある、というライフスタイルを、みんなが受け入れる社会になってもいいんじゃないかな。
「人生100年時代ダァー」って言いますやん。若いうちの1年や2年、働かない暮らしがあっても誤差だし、むしろ人生にはプラスだと思う。
大学で勉強するもよし、地方や海外に移住するもよし、何かプロジェクトを立ち上げるのもよし。もちろん毎日楽しく遊んで暮らすのもいい。
休職して分かったことだけど、いったん会社から距離を置くと、いかに会社員時代は視野が狭まっていたかに気付きます。
働いていない=サボっていてけしからん、と見なすのは短絡的。
旧来の日本型教育の弊害かもしれません。
「働き方改革」後、明らかに精神疾患の患者は増加しています。
改革というより改悪になっているのかも。
改革というなら、数ヶ月の休みを取る人が珍しくなくなったり、週休3日や4日、1日の労働時間は4時間、など、そういう働き方をする人が過半数になるくらいでもいい。
それくらいで、ようやく「改革」と言ってもいいレベルだと思います。
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