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やらなきゃいけない作業になった途端に嫌になる

面倒なことや他の人から見たらどうでもいいようなことを楽しんで取り組めることが多い性格の私ですが、「やらなきゃいけない作業」になった途端にやる気がなくなります。

なんて言うんだろう、「義務感」というか「やらされる作業」になるというか自発的な気持ちが一気になくなっていってしまうんですよね。

確かに、生きていたら、仕事でもプライベートでも大なり小なり「やらなきゃいけないこと」がたくさんあります。

でも、できるならやりたくない。

めちゃくちゃわがままのようにも聞こえますが、私の行動指針の一つとして非常に重要な部分となっています。

先程書いたように、やらなきゃいけないことは生きていたらたくさんあります。どうしても避けられないこともありますよね。

だからこそ、やらなきゃいけないことを極力減らしたいのです。
(やらなきゃいけないことなのに減らす・・・?)

ちょっと言葉で表現すると矛盾していますが、このままの文字通り。

やらなきゃいけない(と思われている)作業は、結局のところ「やらなくてもいいこと」に分類して辞める選択をしています。

そして、「どうしても、本当の本当に、必ず絶対に、やらなければいけないこと」だけをやるようにしていれば、最低限のことだけで済むと思うのです。

※表現最優先、文法無視。私は「伝える」を優先することが多いので、国語的な正しい文法を気にされる方は読みづらいかと思います。そのまま閉じてください。

そうは言っても、減らすことばっかり考えていると、本当にやらなきゃいけないことをやらなかったり、やらなきゃいけないんだけど、「やらなくていいことなんだ」と自分自身に言い聞かせてしまいやらない理由を探し始めます。

これ、めちゃくちゃ危険。

だから一番いいのは、やらなきゃいけない作業にならないよう、楽しみを見つけたり自分なりの楽しみを見つけたりするのが手っ取り早いのかな、と。

例えば、ブログを書く作業を一つにしても、最初のうちは楽しみながら書いていたけど、いつかどこかでやらなきゃいけない作業になってしまい、苦痛に感じてしまいそうになる時がありませんか?

はじめは毎日更新も楽しかったけど、だんだんと毎日更新することが義務のように感じてきて、それに締め付けられてしまうと、どうでもいいことばかりを並べた記事になりがちです。

私は、あります。苦笑

以前、毎日更新を続けていて、最終的には200日でストップしました。途中からは、どこか気持ちの中でやらなきゃいけない作業に感じていた部分もあったからです。

楽しみながらやっていたはずなのに、自分の媒体にもかかわらず数字に追われてるなんて最悪ですよね。

200日で辞めると決めた後も、なかなかスッパリとをやめることはできず、記事の中で公言することによってやめました。「更新を継続します」じゃなくて、「やめます」の宣言なんて、冷静に考えるとよくわからない現象です。一種の禁煙みたいなものかな。

このようなブログやメルマガ、SNSなどのTwitterやYouTubeなどもそうなのですが、私がやめる時は売り上げが落ちたりアクセスが落ちたりしてやめることはなく、自分自身が飽きたと感じたときです。

飽きない限りは、売り上げが落ち込んでいても気にしません。どうやったら売上が伸ばせるか一つずつ問題をクリアしながら進んで行けばいいのです。

インターネットを通じたビジネスで収益を得られない人は稼げないから辞めるという選択をする人が多いです。稼げないからブログをやめるとか、稼げないから YouTube をやめるとか。そこじゃないんですよね。

飽きていない状態で義務作業になっていないならば、今の現状からどうやったら良くなるかを一つずつ考えながら失敗事例をつぶしていけば、そのうちゴールまでたどり着けると思っているからです。

今回はブログやビジネスを例に出しましたが、何事においても同じ。

これまで楽しいと思えていたこともやらなきゃいけない作業になった瞬間、苦痛を感じ始めます。

私はnoteを楽しむ会というコミュニティにおいても「ゆるめに参加すること」「ゆるめな気持ちでnoteに取り組むこと」が大事だと言っています。

誰しもが毎日のように更新していると、飽きてしまう時期が訪れる可能性があります。

例えばコミュニティの中でも「note更新したよ」の投稿ですら義務感や面倒に感じることがあるかもしれません。そうなったら無理せず距離を置き、また自分がやりたいなと思った時や気が向いた時に再開すればいいのではないかと思います。

今この記事を見ている人の中には、文章を書いて生計を立てていきたいと考えているライターや小説家の人もいるかもしれません。中には、趣味でnoteをやっている人もいるでしょうけどね。テキストを仕事にしたいと考えている人もいるのではないでしょうか。

そのように考えている人が、書くことに飽きてしまうと完全に行き詰まってしまいます。

趣味だったらいいですけどね。仕事なのに仕事に向かうのが辛い。そのように感じるのって、会社に行くのが嫌になってしまったクビさえもちらつく中年サラリーマンにも似ています。

幸いにも私の場合、情報発信することに10年以上飽きていないので今のところは何とか続けていますが、もしかしたらこの先飽きるかもしれません。飽きたら飽きたで違うことをするだけですけど、きっと飽きることはないんじゃないかなと思います。

情報発信という枠組みの場合は、テキストに飽きたら音声や動画で発信すればいいですし。別に、私はライターでも小説家でもないので、文字は大切にしていますが全てがそこにあるわけではないと考えています。(と、このくらいゆるく考えているからいいのかもしれない)

いずれにせよ、ブログなどの記事の場合は画面の先に誰かがいるので、なかなか飽きることはないでしょうね。完全なる壁打ちだと飽きてしまいそうですが、パソコンと向き合って文字を打つ作業とは言えども相手ありきのジャンルなので、読み手を意識している限りは飽きることが少ないジャンルです。

この飽きる飽きないで判断すること自体が素晴らしいことだと思いませんが、私の行動の基準となるものは、そこにワクワクやドキドキなど飽きない何かが存在するかどうかが重要であって、もしそれがなくなって義務感しか残っていないならさっさと撤退します。

なるべくそうならないよう、常にワクワクドキドキすることを考えて、自らが楽しみを見つけて取り組んでいくのが良いのではないかと思った次第です。

それでは。

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