マガジンのカバー画像

日記じゃないもの

61
日記以外をまとめたものです。
運営しているクリエイター

#人生

余白の魅力

 人は余白に幻想を見る。だから、真っ白なものは汚したくない。

 ところが誤って手を付けたが最後、そこには得てして思ったものとはかけ離れたフランケンシュタインが出来上がる。だから私は手を付けるのが恐い。かといってそれを恐れると、今度は流れるままに時は過ぎて、それはそれでやっぱり不完全なものが出来上がる。 

 未来というのもその類いで、これほど輝かしく見えるものはない。卑屈になって絶望したつもりで

もっとみる
「若かりし」を引きずって歩く

「若かりし」を引きずって歩く

 坂口安吾が褒めちぎった物語のひとつに世阿弥の「檜垣」というものがある。かなり端折って説明すると、若かりし頃はその美貌でもって朝廷で楽しく暮らしていた給仕が、老婆になって自らの醜さに耐えきれず苦しみ、怨念となっていたところを、お坊さんが成仏させる話である。 

 坂口安吾は「青春論」のなかで、この物語の持つ美しさは女性でこそ成立するという旨を書いていた。確かにおじいちゃんではどうもピンと来ないかも

もっとみる
深いところへ

深いところへ

 生きてて追い詰められてくると、普段は全く縁のなかったことを考えはじめたりする。そのときは「人間とはなんだろう」とか「人生ってなんだろう」とか哲学にも満たないそんなようなことを考えていた(今も若干)。私の場合はそんなことでもないと考えたりしないが、他の人は追い詰められると何を考えはじめるのかちょっと興味がある。でも、やっぱり人間とか人生とか自分に密接にかかわるものを考えるのではないかと思う。 

もっとみる
やっぱりサヨナラだけが人生

やっぱりサヨナラだけが人生

 人間は猿や豚と同じ哺乳類であり、ミミズやオケラと同じ動物で、木や雑草と同じ生き物である。

 生き物がこれだけ違っていてもすべからく共通して通る2つの通過点があって、それが「生まれること」と「死ぬこと」である。もう生まれてしまったからには、必ずやらねばならないことはあとは死ぬことだけなのだ。

 井伏鱒二(が厳密には訳をつけた)の「サヨナラだけが人生だ」という言葉がある。わけもなく心動かされ

もっとみる