見出し画像

自分の苦手に素直になる


今まで、あんまり人を嫌いになったり、苦手になったりしない性格だと思って過ごしていた。

「なんとなく合わないな…」とか、「こういうこと言わないでほしい…」と感じたとしても、その人の一部でしかないから、それだけで好き嫌いを決めつけたくないという気持ちで過ごしていた。

嫌な気持ちになったり苦手を感じるほどに、その人のことをちゃんと知っていいところを見つけたいと思っていた。


だけれど、この自粛期間を経て、今まで無理していたのかもしれないなぁという気持ちがふつふつとわいてきた。

会う予定がない、関わる必要がない人たちの元からすぅーっとフェードアウトし始めている。

最初はそのことに心が痛んだけれど、ほんの少しだけ肩の荷がおりた気持ちになったのも本音。


今まで関わっていく中で、「こういうことはやめてほしい」ということは伝えてきていた。

わたしは苦手を表に出さない分、言葉にしないと伝わらないことの方が多い。
伝えたとしても、ニコニコと笑いながら言ってしまったり、いかに嫌な気持ちにさせないように伝えようと考えてしまって、イヤ度が伝わり切らないことも多いんだけれどね。

それでも今まで努力をしてこなかったわけじゃないから、フェードアウトするくらい許してね。そんな気持ちでいる。


あえてさよならを言う必要もないと思うし、必要であればまたいつか出会うだろう。

苦手なことを避けたり、縁を切るというのではなくて、少しだけ離れてみる。

少し離れてみると、その距離感のおかげで良い部分が見えてくることもある。
そんな適度な距離感を保って、こころの心地よさも大切にしていきたいなぁと思った。

環境や人のせいにしてきたことって、結局は自分が選択してきていることが多い
これからの幸福度を決めるのは、すべて自分次第なんだと思う。


できる限りのことはするけれど、無理はしなくていいのかなって最近ふと気づいた。

相手にどんな風に思われたいかよりも、まずは自分がどんな風に感じているかの方が断然大切

どんな風に思われたとしても、どんな自分でも誇れるように、日々の過ごし方や言動を気を付けていけばいいだけなんだよね。きっと。


だからこそ、居心地のいい環境や人付き合いはちゃんと選択したい。
あまり遠慮せずに心置きなく、苦手を避けて生きていく方法を模索していきたい。

よくそんなことをしたら「逃げ癖」がつくなんて言われてしまう。

むしろ生きやすい環境を手に入れるためにも、前向きに「逃げ癖」は身につけておきたい癖だと思っている。

自分の好き嫌いにはちゃんと敏感でいたい
そして、できるだけ「好き」をたくさん登場させて、「苦手」を登場させない人生劇を生きていたい。

そうやって生きていても、苦手って訪れるものだもの。

人生をなるべくたくさんの「好き」で埋め尽くしていけるように、奮闘しながら生きていきたい。そう思う。




\Twitterしてます/

◎noteを「スキ」すると、次回予告noteが見れます◎


サポートありがとうございます! とても励みになります( ¨̮ ) いただいたサポートは、今後のnoteに生かすための経験や他のクリエイターさんへのサポートに回していきます。 note内でやさしい循環を築きたい。