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「かわいくなりたい」という呪いから解放された話


学生時代から20代前半まではもうそれはそれは容姿の良さに囚われて「可愛くなりたい」という自分が自分にかけた呪いに半殺しにされていた。

誰かに暴言を吐かれたとか、トラウマになるような悪口を言われたとか、そういう特別ななにかがあったわけではなく、ただ「何もないくせに容姿もこんな醜いのね」と自分をひたすら嫌っていた。

中身に関しても人間として素敵だという認識は到底なかったし「何もない」とひたすら泣いた夜が何度もあった。

仲の良い看護師さんに治療のための注射を打たれながらふわっと話したときに

「(私)さんはかわいいよ。贔屓目なしでもです。ただ、病気を持っていたりすると、自分のどこかを強くせめてしまったり嫌になったり、そういうことはあるから。きっとそんな風に囚われてしまっているのかな」

と言われたことがあった。

病気があるからその自分に対する疎ましさが容姿に向けられたんだよと言われたら、そうなのかなと納得もできたけど、それは、違っていた。

病気があるから、変に拗れて私は自分の容姿を嫌ったわけじゃない。だって病気が分かる前からずっとこうだから。病気がわかった瞬間は、何ならむしろ楽になったんだ。自分に対する疎ましさはそこに向ければ済む話だったから。

だから見た目に囚われている自分と病気を抱える自分は切り離されている。だから厄介だった。何のせいにもできない、やりどころのない虚しさ、自己嫌悪。

自信がないとか自己肯定感が低いとか、そう言われてしまえばそうなのだけど、私のそれはどちらかというと呪いに近かった気がする。自分が自分にかけた呪い。

幼少期のトラウマや過去が影響しているのだとしても、そうか私は自分の存在価値の無さを容姿に対して向けたのかと無理やりこねくりまわすことでしか納得できなかった。

顔も体もぜんぶ、やり直したい
整形したいと毎日のように思う日々は苦しくて、化粧をしても「このくらいしか化けられないのか?」「まあ土台がだめなら何やってもだめだし」ともう今思えば暗すぎて暗すぎる悲観的なことを当たり前のように脳内再生していた。

一目惚れをしてくれて、ずっと好きでいてくれた今の恋人と交際をしても、毎日かわいい、美人だね、かわいいとべた褒めされても「違う」「やめて」「気を使わなくていい」「逆に惨めになる」と、かわいくないことばかり思っていた。

誰かから言われるかわいいだとか美人だとか、そういう言葉は全部当時の私にとっては慰めだった。

昔、ある人に「かわいいなってずっと思ってた、ものすごくタイプなんだけど」とストレートに言われて、「優しいですね」と言ったら、

「いや、いまのかわいいねっていうのはさ、優しさじゃないよ、事実を言っただけだよ。タイプじゃない人にタイプだなんてわざわざ言わないでしょ。」「優しさだと思われるのは、なんか傷つくな」

と返された。

その帰り道は、ひどく悲しかった。
今でも聴いていた曲とか外の匂いを覚えているくらい。

ずっと、自分に好意的に接してくれる異性に対しても、「情け」「優しさ」「慰め」「気遣い」としか思えない自分がほんとうに悲しかった。ごめんなさいと思うだけでそういった好意を真っ直ぐに受け取ることができず、だから、男性と男友達にはなれても、恋愛的な好意を向けられることが苦手だった。

その恐怖心を唯一、一歩越えられたのが今の恋人だった。

ただその一歩も些細なもので、先述した通り、交際してはじめの頃は彼のかわいいも突っぱねていた。

彼に対して恐怖心を抱えても一歩越えたのはただ単純に「触れたい」「そばにいたい」という本能が勝ったからだった。どこかでこの人は大丈夫だ。と確信していたのかもしれないけれど。

ある日「かわいいって言われるの、慰めみたいでなんか傷つくんだ、ごめん、あまり言わないでほしい」と彼にお願いしたら

「いや、嫌だけど」

と即答されてびっくりした。

彼のことだから「ごめんね、わかった」と了承するものだと思ったら、ものの見事に斬られた。

「え、え」と私が動揺し

「それはやだよ、ほんとうにかわいいって思ってるから言ってるんだし、というか意識してなくても口から出ちゃうし、ここで言わなくなったら今までのも全部慰めだったみたいじゃん。俺は言うよ。ようやく付き合えて遠慮なく言えるようになったんだし、彼氏の特権です!むりです!」

「そして自覚させる、慰めじゃないってちゃんと伝わってほしい」と彼はケラケラ笑った。

彼が饒舌に話すのが珍しかったし、なんか色拍子抜けしてセリフをほぼ一言一句覚えている。それから5年以上経った今でも、彼はほんとうに毎日かわいいかわいいと言う。

親友に「一目惚れして彼氏がいるときも好きでいて、やっと付き合えたって思ってくれるような人でも、簡単に全部溶かしてはくれないかあ」と言われ、

「これは多分、他人どうこうではなく、自分自身の問題なんだと思う」と答えた。

自分でその言葉を口にするとほんとうにそうなんだよなあ、と更にじくじく胸が痛んだ。

そうして、ありがたいことに恋人に愛されながらも容姿に必要以上に囚われながら生きてきて、25歳になり、今は26歳。

「かわいくなりたい」という呪いからゆるく、時間をかけて解放された。

なんというかこれは、気づいたら、って感じだった。ほんとうに長かった。長すぎた。

かわいくなりたいという呪いからの解放というのは、容姿に対する努力をしないとか、無頓着になるとか、お金を一切かけないとか、見た目はどうでもいいとか、

そういうことではない。

細かくこことここをこう整形したいとか、鏡を見て泣いたり、寝る前に落ち込んで眠れなくなったり、好きな服を着たりヘアセットしたり気に入ったメイクをしたときに「全然違う」「全然ダメ」と思って最初からやり直したり、裸になるのが嫌であまり温泉に行けなかったり、

そういうことがなくなること。

容姿に対して必要以上に執着しなくなること。

解放された要因はひとつではなく、色々積み重なった結果だとは思う。

年齢を重ねたということも、仕事で評価されるようになったということも、恋人からのラブコール(笑)に屈したことも、囚われてきたが故に努力してきた自分を認めてあげれたことも、好きなことやりたいことが年々増えて余計なことに思考を割いている暇がなくなったことも、

もう、こういう色々が、これ以上のさまざまなことが重なってゆるやかに解放されていったのだと思う。

それと自分のなかでかなり大きいなと感じているのは、病気が悪化したり、合併症を起こしたりして入院する回数が増えて「容姿がどうこう言ってる場合ではない、何より大事なのは健康。健康第一」と思ったこと。

病気が増えたり、悪化したのは悲しいけど、変な話その分自分のことでほかに裂けるほどの余裕が失われた。

これを読んでいる誰かも、これを読み返すかもしれないこれから先の私も、忘れないでね。

自分が生きたい人生を生きるために、一番大事なのは健康。体と心の両方の健康。

昔よりもずっと心が元気になったのも大きいかな。これに対しては彼に頭が上がりませんといったところ。ほんとうにありがとうと死ぬまで思い続ける。

ああかわいくなりたいなあ〜ハアという感情から
歳を重ねる度にかわいいを更新したいな〜みたいな

そういう気持ちに変わったのは、私の人生におけるとても大きな変化。

だから解放されたと気づいた今年、2023年の締めくくりとしてどうしても書いておきたかった。

とはいえ自分のことをかわいいだとか好かれる価値ありだとか思えるほどの自信はないけど、誰からかの褒め言葉に「気を遣わせてごめん」ではなく、「えー!ありがとう!嬉しい」ととれるようになった。

そうだよね。わざわざ言葉にして伝えてくれているんだから、「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」だよね。「優しいね」じゃなくて、「嬉しいな」だよね。

ちなみに恋人の前だともうなかなかに図々しいので「かわいい」だとか「綺麗」だとか言われると素直に「やったー」というだけにとどまらず、「ヒャー見る目あるゥ」「かわいい?もう一回言って足りない」とかふざけた返しもする。

恋人は私がこういう図々しさを身につけたことをほんとうに喜んでいて、私もそれが嬉しい。

一方彼も交際期間が長くなり、「色気すごいな」「えっろ」とかそういう褒め方もするようになった。恋人だからこそ嬉しいと思える褒め方、いい。

異性から向けられる恋愛的な好意が苦手だったのに、今となっては私は彼に対して思い切り意識している。

色っぽく見せたいなという日に意識してメイクや髪型、服装を少し変えた日に「なんか今日大人っぽいね」と言われたらすごく嬉しいし、

普段着ない格好をした日に「うわー!新鮮!いい!何でも似合う!」と言われたらその日一日楽しいし、

好きな人には、かわいいってずっと思われたい。だから努力は怠らない。そう思わせてくれるのはこれがこうやって言葉や表情で伝えてくれるからだし、彼自信も努力をしているからだと思う。

私自身、自分に対する自信はまだまだないから努力もするし、できるし、だから、驕るほどの自信はいらない。かわいくなりたい呪いからの解放はイコール、自信が欲しいという執着からの解放でもあった。

卑屈に見えるほど謙遜せず、
驕るほど自信過剰にならず、

そういうバランスがとれた状態は、とても生きやすい。

これからも、かわいく綺麗に歳を重ねられるよう、努力を続けつつ、適度に自分を認めてあげたい。


あとがき


ずっと書きたかったことが書けました(;_;)
気づけたのは今年なのですが、
自分のなかのおおきな変化で、
生きやすくなった要因のひとつなので
記録しておきたかったのです。

謙遜していた頃「嫌味?」と心無いことを
女性の知り合いから言われたこともあって
ああ、そうじゃない、全然違うよ
とその度また嫌になって。
容姿に限らず、必要以上に何かに囚われていると
窮屈で苦しくて、人との会話のなかでも
チクチク傷ついたりしますよね。

なんか、面倒だなこういうの
って自分に対して飽き飽きしたとき
あ、変われるって思ったんです。
積み重ねがあっても
気づけるきっかけは意外と些細なものですね。

私は自信はありませんが
まだまだ自分は良くなれると期待はできるので
色々頑張っています。

毎日マッサージとストレッチは欠かさず、ヘアケアや頭皮ケア、マッサージもしています。

あ、そうだ、ずっと愛用しているETVOSのリラクシングマッサージブラシ、とても気持ち良いからデスクワークの方や勉強で頭使う方にもほんとうにおすすめです…。手放せません。

筋トレは気がむいたときだけですが、常にお腹は凹ませて力を入れている状態を意識しています。(←彼がそうするといいと教えてくれたのですがかなり効果的;;)

外では、整体やリンパマッサージによく行くけど基本的におうちにいたいからおうちでできることを考えてしまいます。

なので実は美容家電や疲労回復のための色々なものが家にあります…。私のnoteでは需要はなさそうなので紹介したりはしないけれど、こういう話をするのは結構好きです。

メイクや美容、ボディメンテやヘアケア
みんなはどんなことしているんだろう。
気になってしまったりしています(?)

では最後にもう一度。


一番大切なのは、

健康ですよ!!!!!!!!

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