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ひとりの二次会にて

優しいふりして諭すように人を見下しているその顔や声って、一体どこで覚えてきたの。されてきたことをしているのかな。わかんないけど。わかんないけどさ。

大人ってそんな人ばっかりだって何もそんなことを言いたいわけではないし、そんな大人の仲間入りをとっくにお前もしているだろと言われたら否定もできないけど。違う、そうじゃないと駄々をこねられるような歳でもないんだろうな。

ああやだな。やるせないな。

職業に優劣つける人間は多いしそういう人間に限って根っこが腐っている。社畜であることを自慢げに話す人も定時ぴったりで帰ることを誇らしげに話す人も等しく鬱陶しい。

好きなことを仕事にしている人は生きるためと割り切って仕事をしている人に「それでいいの?」と馬鹿げた説教をしたりする。それがいいからそうしている人だってたくさんいるのに、一体何様のつもり。

大人になると飲み会でも仕事の話が多くなるから、必然的につまんない飲み会も出てくるようになる。「仕事の話しやめよ、お酒がまずくなる」というドラマやアニメでよく聴くようなセリフ、共感できるし理解できない。矛盾。

だって結局ぜんぶ、人による。

華金だってバカみたいに騒ぐような社会人になりたくない仕事は楽しんでやりたいって、仕事を楽しめることも華金を楽しめることもどちらも立派だって、それで十分だって、なんで。なんで伝わらない。どうして人を見下さないと自分を認めてあげられないんだよ。

たとえ自分にその棘が飛んでこないとしてもわかりやすく上下関係ができているその光景を見ているだけで不快感でいっぱいになる。そんなの優しさじゃないだろって思うのにそれを声に出すほどもう子供でもない。喉の奥がつっかえる。

諭されている方の人間の瞳が無垢だとだめだ違う逃げろと思って悲しくなるし、逆にすべてわかって笑って頷いている光を失った瞳を見ているとよかったと安堵する。ばかみたいだ。余計なことばかりに思考を割いて疲れる。

そういう話がしたいんじゃないのにという飲み会の帰り道はやけにお酒が頭にまわる。気持ちの良い酔い方をしたときは身体にアルコールがまわる感じがして心地良いのに後味が最悪な飲み会の後は頭が痛い。

飲んだお酒や食べた料理はあんなにおいしかったのになと思いながらセブンで缶ビールを買ってひとりで飲み直す。

深呼吸なのか溜息なのかわからない。

ひとりで飲む黒ラベルの方がよっぽどおいしいじゃんって思うと途端に泣きたくなる。こういう夜に限って月は霞んでいる。別にいい、月明かりが控えめであればあるほど星は綺麗に見える。

仕事なんて生きる手段にすぎないと思って朝起きた瞬間から今日という日を一瞬で諦めてしまうこともあるし、仕事のことを考えて子供みたいにワクワクが止まらなくなることもある。定まらない。自分の情緒に疲れる。

定期健診で経過良好と聞いた時の胸の高鳴りとか煌めいた瞳とか、恋しているときの私よりよっぽどかわいかった気がする。数年前に心のケアを進められたときに「ここ(心)も治療しなきゃだめなんですか」と悔しくなったけれど、その後いろいろ考えて心のケアも受けるようにした。

昨年大事な人がこの世を去ったとき、これちょっとやばいかもなという自分のなかの危険信号を感じたから冷静に受けることができた。過去に地獄を経験しているとこういうところで役に立つんだな。

車を運転しながらこのまま強くアクセルを踏んだら死ねるんだろうかみたいなことはいまだに考えてしまうし、みんなそういうことってあるんじゃないかって思う。ないのかな。

心が壊れるってたいそうなことじゃない。誰にでも起こりうる、とても身近にあること。心が壊れる瞬間も人の縁が切れてしまう瞬間も、最後の引き金は些細なことだったりする。

学生時代に出会っていたら歪み合っていたかもしれないなって思う人と大人になって頻繁に会うくらい仲良くなることもあるし、学生時代にずっとこういう関係でいられるんだろうなって信じて疑わなかった人と平気で縁が切れてそれを悲しいとも思わない自分がいたりもする。

変わっていけばいい私もみんなも。違うなと思ったら離れればいいし、去ればいい。恋愛も友情も仕事も、人間が絡んでいる限り永遠なんてありえなんだってみんなほんとうは知っているんでしょ。「変わったね」という言葉に愛があるかないかわからないあなたではないでしょう。

用意されている光のなかで生きていけるわけじゃない、私たちはどうにかして光を見つけて生きていくしかない。足がすくんで大事な人のもとに走っていけない、そんな自分ではいたくない。大事なものはちゃんと捕まえていたい。

水を受けて植物がすくすくと育つように、大きな愛を受けてあなたという人間が育ったのだと思うとすべてに納得がいく。そんな人と暮らしていると自分がどうにも汚い人間に見えて仕方ない日がある。

けれど「いろんなものを見ていろんな人に出会ってそれが全部詰まってるみたいな目」「吸い込まれそうなその目がはじめて会ったときからずっと好き」と彼は言ってくれた。

彼に「あなたに片思いしてみたかったな、猛烈に濃いやつ」「ちょっと私に一回冷めてみてよ」ととち狂ったお願いをして「それは片思いじゃなくて失恋」といなされたことを、なぜか飲み会の帰り道に思い出した。

そうか、それは失恋になるのかと妙に納得している私に彼は「ほんと、たまにそういうこというよね」と呆れながらも楽しそうに笑っていた。

ぜんぶ冗談に決まっているじゃない。当然あなたには私だけで見ていてほしい。

黒ラベルの缶を潰してゴミ箱に入れた後の音が想像していたのと違っていて缶を捨てる場所に違うゴミを入れた人がいるんだなと思った。両手を上にあげて身体を伸ばし「その人が今日足の小指をドアの角にぶつけていればいいな」と小さく心の中で見知らぬ誰かに悪態をついた。

もやもやした気持ちを祓うように帰路にある坂道を全速力で走った。

家に着いて玄関を開ける頃、身体に酔いがまわって心地よくなっていた。

玄関まできて「おかえり」という彼に「三次会しよ」と手にもったおつまみを見せると彼が小さな歯を見せて笑った。





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