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ふるさと

「千マイルブルース」収録作品

「ふるさとがない」と言う青年と向かった先は……。


ふるさと

「そこをなんとかなりませんか。この街にもう用はないし、だったら長居は無用なので」
「だから無理なんだって」
 馴染みのバイク屋に車で向かうと、店主と二十代の青年が、店先で顔を突き合わせていた。といって、揉めているというほどではない。俺は様子を窺った。青年の傍らには、他県ナンバーのバイクが不自然に傾いている。後輪のパンクだ。店主のオヤジが俺をチラリと見て、青年との会話を続ける。どうやらオヤジに先約の仕事があり、青年のパンク修理の依頼を断っているようだった。
 もちろんさ、とオヤジが困り顔で言う。
「直してやりたいさ。困っている旅人ならなおさら。だけど見てのとおり、ひとりでまわしてる小さな店なんだよ。今の作業が終わるのを待ってもらうか、他をあたってもらうしかないね」
 青年がオヤジに、おおよその待ち時間を訊いた。その返答に、青年が思案顔となる。俺は止めた車に寄りかかり、タバコを取り出した。だが、カラ。どこかで買おうかと財布を取り出すと、こちらもカラ。そうだ、昨日奮発し、ダースで買ったのだ。ともかくスモーカーの俺は困った。目の前のオヤジは健康オタクだし……。
 すると腹を括ったらしく、待ちます、と青年が声を張った。
「待ちますので、パンク修理をお願いしますっ」
 青年はオヤジに頭を下げた。
「取り込み中に悪いんだけどさ」
 青年に、俺は間の抜けた声をかけた。
「タバコ持ってたら、一本貰えないかな? 切らしちゃってさ」
 青年は怪訝な顔をこちらに向け、ポケットから青と白のパッケージを取り出した。俺は歩み寄り、一本頂戴した。
「ハイライトか。若いのに渋いねえ……。ツーリング?」
「まあ、そんなところで」
 火を点け煙を肺に満たしていると、店に戻ったオヤジが、頼んでいたブレーキパッドを持ってきた。またツケだね、と要らぬことを添えて突き出してくる。タバコを見る目が険しい。
「他人にねだるくらいなら、タバコやめなよ。健康になるし、もっといいパッドが買えるぞ」
 じゃあ直しとく、と青年に言い、オヤジは忙しそうに店内に消えた。青年が下を向いて笑っている。なんとも決まりが悪い。俺は無意味な伸びをした。
「天気いいねえ……。だけど生憎あいにくだったね。バイク直るまで、どうするの?」
 青年が小首を傾げ、ポケット灰皿を差し出してきた。
「決めてません。この街にふらっと来て帰るところだったし。でも時間ができたから……」
 昔世話になった教師宅を訪ねてみようかな、と言う。
「今は住んでいないんですけどね」
「住んでない?」
「はい。先生、ずいぶん前に引っ越したんです。時間潰しに、転居先でも調べてみようかなと」
「つうと、もしかして君も、この街に住んでたの?」
 青年は頷いた。高校時代のたった数カ月らしいが。
 青年が、一度だけ訪ねたことがあるという町名を口にした。車なら、そう遠くはない。しかも俺は、ヒマ。それに……。
 俺は車のドアを開け、送るよ、と言った。躊躇する青年を助手席に誘う。
「遠慮はいらないから。その代わり……。もう一本くれる?」

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