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『三体』こんなにスゴい話だったとは...【前半ネタバレなし】

最近、耳で朗読を聴くAudibleにハマっている。


目で文字を追うのと違って全く疲れず、散歩中や家事中の耳のお供にぴったり。聴き放題契約に含まれるタイトルもなかなか幅広く、気になっていた本を片っ端から聴いていく生活を送っている。

そんな中、愛聴しているWebラジオ『ニュース!オモコロウォッチ』にてパーソナリティ・原宿さんが先日配信開始されたNetflixドラマ版『三体』について言及していた。かなり面白いらしいが「ドラマが途中で終わったので原作の続きがどこからなのかわからない」ため困っている様子。

調べるとドラマ版は多くの内容に改変を加え、原作の前半を中心に再構成した内容になっているとのこと。面白そうだが、確かに続きを知りたくなるのなら最初から本を読んでしまった方がいい気もする。


そういえばと思いAudibleを検索してみると、あるじゃないですか!

ということで、SF好きゆえずっと気になってはいたものの分厚いハードカバーに押されて手が伸びていなかった劉慈欣『三体』第一巻を読んでみた。2倍速にしても10時間近くあるが、想像以上に面白すぎて一週間も経たず一気に読み終えてしまった。


そもそも「三体」ってどんな意味

世界中でヒットした『三体』(画像:https://diamond.jp/articles/-/237008)

『三体』というタイトルはSFとしてはなかなか挑戦的だと感じる。話題沸騰の大ヒット作という事前情報がなければ埋もれそうなシンプルさ。古ーい歴史小説みたいで無味乾燥な気がする。

もし本のヒットより先にB級映画と成り果て日本に渡った暁には英訳ままの「スリーボディ・プロブレム」ならまだしも「ザ・ジャッジメント・デイ 〜パナマ運河を封鎖せよ!〜」とか「ガリレオ VS コペルニクス 〜勝手に戦え!〜」みたいなタイトルに変えられていてもおかしくない。

実はこれはれっきとした物理用語で、運動する三つの物体の重力が相互作用するとその動きの予測が極端に難しくなる「三体問題」にちなんでいる。映画好きとしては『ジュラシック・パーク』で学者マルコムが研究していたカオス理論を思い出すなあ。


適度に知的好奇心をくすぐる科学ネタ

本編中にも科学ネタ・物理用語が多く登場する。ハードSF小説は時に無機質な科学知識の連発で頭が痛くなることもあるが、『三体』はその使い方が実にうまく、あくまで物語を面白く展開させるための舞台装置として上手に活かしている印象だ。ストーリーの本筋は大河的スペクタクルやミステリー要素、主人公たちが挑む壮大な世界観の面白さをなぞっているため、SF初心者の方でも十分楽しめるはず。大ヒットの理由もそこにあるのだろう。

一方で事前知識として備えておくとより楽しめるのは序盤の舞台となる1960年代・文化大革命期の中国情勢について。とある登場人物の決断を大きく形作る凄惨な事件から物語は幕を開け、数奇な運命のその先で世界が180度ひっくり返っていくことになる。WikipediaやYouTube等で予習しておくとよい。


好きなタイプのSFだった

私はSF好きだが『スター・ウォーズ』のようなスペースオペラ系や『ブレードランナー』のような世界観系にはあまり夢中にならない。

それよりも、今ある現実にひとつのフィクションが投入されたとき何が起こるか?というような、あくまで現実と地続きのテーマを描くSFの方が好きだ。「確かに、もしこれがあったらそうなるか」と不可思議な現象がサイエンス的説明で補強されているような内容が好み。

藤子・F・不二雄のSF世界やノーラン映画なんかにこの感覚があり、特に後者は設定と面白映像を成り立たせるために論文まで書いてしまうほどの科学考証を重ねる真剣具合。あるいは映画『シン・ゴジラ』も好きで、空想上の存在がもし現代日本に出現したらこうするしかない、というご都合主義一切ゼロ(に見える説得力と、それでいてケレン味もある)展開に胸が熱くなる。

三体もまさにそれだった。不幸にも、またある者にとっては幸運にも、未知と対峙してしまった人類はどうするか?というシミュレーション感。SFの中でもっとも好きなタイプだった。


とりあえず読んでください

『三体』の面白さをネタバレなしで語るのは非常に難しい。前情報を一切仕入れたくない方、特にSF好きは今すぐ読み始めるのが良策だ。

なんとなくのテーマをぼんやりと話せば、この作品が描いているもののひとつは人類が築いてきた「科学」の力強さだと感じる。なぜ人類は人類たり得るのか。どうして我々の世界は今、こうも発展しているのか。すべての根底にある科学と、それが塗り変わる瞬間。悠久の渦の中で衝撃に揺さぶられる体験ができる。


※以降の内容はネタバレを含みます。





科学の力強さと、それが崩壊する絶望感

物語冒頭はひとりの科学者・葉哲泰が文革の狂気に倒れるシーンから幕を開ける。彼は糾弾の場に立たされてもなお科学者であり続け、世論に都合のよい思想ではなく科学がたどり着いた結論こそ信じるに値するのだと静かに訴え続ける。

この情景はかつて西洋で科学が直面してきた宗教・思想との対立を思わせる。それが現代でもなお再現されてしまう悲しさ。作者の中国人としての憤りや覚悟が凄まじいと感じた。

すべての科学は仮説・検証・考察の繰り返しとその先に構築される体系的知識に基づいて補強されていく。まるで世界の科学者たちの思いが築き上げたひとつの建築のようにも思え、人類史という壮大なスケールの生み出した怪物的叡智だ。

現代ではもはや宗教以上に多くの人々の文化、思想に影響を根ざす科学だが、物語ではファーストコンタクトの結果それがいとも簡単に崩壊する(ように「三体人」によって偽装されてしまう)。この衝撃は本当に大きく、生涯をそれに捧げてきた学者たちにとってはなおさらだろう。

続く三体ゲームのパートでも、幾つもの文明がトライアンドエラーの中で発展と滅亡を繰り返す様子が描かれる。普遍的な定理に基づく知識の構築こそが文明の永続には欠かせない要素であり、科学的考証において条件の一定性がいかに重要かを読者も肌で感じることとなる。

我々の地球はなんと古典物理学の観察に恵まれた環境だろうか。人類が芸術だの愛だのに傾倒していられるのもそのおかげであり、一方の彼らはただ「生きる」ことが目標の文明なのだとのちに語られるほどに余裕がない。今いる世界と、それを解き明かしてきた科学者たちに敬意を表したい。


物語のジャンルを提示するタイミング

三体のゲームをある程度プレイしていくことではじめてこの物語が「三体世界は実在し、その文明が地球に向けてコンタクトをとる」エイリアンものだと提示される。私は『三体』についてほとんど何も知らず読み始めたので、この時点になってはじめて「実物がほんとに来るんだ!?」と驚くことができた。

てっきり「人類が作った仮想惑星『三体』にVRでアクセスして遊んでいたら反旗を翻される」とか「電脳宇宙『三体』が世界を侵食する」みたいな人工知能サイバーものを想像していた。あくまでゲーム上で話が進んでいくのだと思っていたから、それが物理的に存在して、実際に来てしまうということがわかった瞬間になんとも言えぬゾクゾク感を味わった。

このもったいぶった溜め方はすごい。連載でこれをリアルタイムで読んでいたら相当な衝撃だっただろう。全てに説明がついていって、序盤から放置されていたいくつもの謎が次々と回収されていく。「三体人」という回答が強烈な答え合わせとして降臨するという構造がある意味神話的というか、世界と、その中で蠢く人物たちの戦いを描いていくようなスケール感が神々しく爽快だ。


トンデモSFとしての心地よいギミック感

ファーストコンタクト系のSFでは巨大アンテナから電波を発射するなんて日常茶飯事。紅岸基地もその例に漏れず一般的なSETIの設備なのだけど、途中で「太陽に電波の増幅効果があることがわかる」というトンデモ設定が投下されることによって作中でのコンタクト達成に強力な説得力を持たせている。

さらに「毛沢東(太陽)を撃つなど何事だ」といちゃもんがつく政治情勢があったり、おかげでバレずに太陽を狙う隠密感が加わったりと相乗効果的に物語が面白くなっていく。ただ単にびょーんと電波を出しているだけでは、そりゃ届くものも届かないしなにより受動的で面白くない。いけいけウェンジェ!救いのない世界をぶっ壊せ!

さらに話が進むにつれ主人公・汪淼が開発していたナノ紐がまさかあんな使われ方をしようとは……。急に『CUBE』『バイオハザード』顔負けのスライス系大惨劇が始まってしまうのも面白い。こういうケレン味抜群の要素もあるなんて。ぜひとも映像で観たい。

極め付けは三体人が飛ばしてきた陽子コンピュータのソフォンだろう。二次元上で回路を印刷し、多次元に戻して圧縮するというギリギリありえそうな制作方法。自分たちの身体は到達まであと400年かかるが、粒子ならば光速に近い速度で速達便を送れる。地球上で飛び回って素粒子加速を邪魔し続け、しかも量子もつれによって手元に残したペアが情報を送ってくれるからタイムラグなく観察もできる(実際の量子もつれは単純に「白と黒のペアの球があるとき、一方の色を確認すればもう一方は見なくてもわかる」程度の概念だそうだが)。このアイデアを異星人からの兵器として取り入れた発想力が素晴らしい。面白すぎてしまっている。

かつて人類の科学そのものの発達をこの形で根本的に阻止しようとする宇宙人がいただろうか。脅威の本質を見極め、的確に(それでいてかなり強固に)防御策を講じる彼らは相当に頭がいい。映画『バトルシップ』みたいな脳筋コンタクトもいいが、人類の困り具合で言えば確実にこちらに軍配が上がる。


準備期間400年

この猶予の長さもまた新鮮な読感を与える。だいたいのSFは最初に巨大宇宙船と一緒に本人が登場してしまうのが常だから、虚しくもまだまだ時間だけはある(のに粒子加速器が封じられている)という生殺し感。今いる人類は自分自身ではなく未来の種のために尽力しなければならないという地味な残酷さとも合わせて、いろいろと考えさせられる設定だ。

しかし科学者の人生というのはいつでもそういうものかもしれない。すぐに結果が出るとも知れない研究を続け、生涯を通して世界の、そして後世の人類のために尽力し続ける。そんな視点に立ってみれば400年という猶予も味わい深いものになる。


続きも気になるぞ

『三体Ⅱ 黒暗森林』も続いて読み始めた。

ソフォンへの対抗策としてこれまたとんでもなくスケールの大きい面壁者計画が始動し、人類側の準備も着々と進んでいる。ここからどうなってしまうのだろう。そしてこのあと三冊目になる頃には無事に三体人たちは地球に着けるのだろうか?それとも人類がなんらかの手段で彼らの到着を阻止してしまうのだろうか。

引き続きAudibleを活用し三体の世界にのめり込んでみたいと思う。

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