寺谷千兵衛

小説、シナリオ、戯曲を書いています。せっかくだから、楽しんでもらえるものを創りたいと思…

寺谷千兵衛

小説、シナリオ、戯曲を書いています。せっかくだから、楽しんでもらえるものを創りたいと思っています。感想あれば教えてください。

最近の記事

「ハッピィ・バースデイ」第10話(全10話)

「ピンポーン」  寝ぼけた頭に、玄関のチャイムが響く。勧誘かな?無視しとこ。 「夏美さん!」  ん? 聞き覚えのある声が……。え? 聡志? 時計を見ると、朝七時。私はあわててドアを開ける。普段見たことのない焦った顔の聡志が立っていたので、最初、誰だかわからなかった。 「どうしたの?」 「夏美さんこそ、どうしたの?……電話つながらないから、心配したじゃん!」 「あ、……ごめん」 「普通さ、着信とか気づいたら、連絡するでしょ?」  何だか聡志の視線が、いつもより鋭い。よく見ると、

    • 「ハッピィ・バースデイ」第9話(全10話)

       夜中の三時。アパートに着いた。シャワーを浴び、スウェット姿に戻る。ジャケットはとりあえずハンガーにかけて、明日クリーニングに出そう。タオルで髪を拭きながら、ドライヤーでバッグの中身を乾かしていく。手帳もずぶ濡れになっている。仕事もプライベートも一冊にまとめた手帳。丁寧に一枚ずつはがしていく。今までのにじんだ記録と、これからのぼんやりとした予定を見つめる。  スマホを手に取る。画面は黒いまま。水に濡れたのが原因だろう。私は、たぶん今までの人生で一番大きなため息をついた。 「な

      • 「ハッピィ・バースデイ」第8話(全10話)

         夜の二時。私はカバンを持って、簡単にメイクを直し、聡志にもらった白いジャケットを羽織った。コンビニでいい。何か買って食べないと。  今日は星も月も出ていない。何だがじっとしていられない。私は駅へ続く冬の寒い夜道を早足で歩く。胸の中のもやもやが暴れ始め、気持ち悪くなる。大声を出して、走り出したくなる。やけになって、かかとを踏みながら履いているスニーカーが邪魔をして、思ったように身動きが取れず、さらに自分が嫌になる。もやもやは今日までの自分だ。考えないようにしていた出来事が、こ

        • 「ハッピィ・バースデイ」第7話(全10話)

           アパートに着く。一人。咳をしても一人。階段をゆっくり上がりながら、 「今日は誕生日なんだけどなあ。しかも三十歳の……」  と、つぶやく。二階の角部屋でも、夜は関係ない。私は暗い部屋に電気をつける。1Kのこじんまりした部屋が明るくなる。私は服を着替えながら、すぐにテレビをつけ、パソコンの電源をつける。にぎやかなバラエティ番組の声をBGMに缶ビールを開ける。ベッドに座り、壁にかけた横線入りのスカートを眺める。よく考えたら、夜、何も食べていない。お腹がすいてきた。  ビールを持っ

        「ハッピィ・バースデイ」第10話(全10話)

          「ハッピィ・バースデイ」第6話(全10話)

           乗り換えの駅で途中下車して、夜でも賑やかな街を歩いた。こんな日に、一人で家にいてもしかたがない。寂しさが倍増するだけだし、またいつものように、聡志に連絡するに決まっている。だったら、やることは一つ。新しい人を探せばいい。どこから来たのか、どこへ行くのかわからないけど、こんなにもたくさんの街を歩く人たちがいる。きっとこの人たち中から一人くらいは、私に合う人もいるでしょう。二十代最後の日。できるだけ聡志に迷惑をかけず、寂しくならない方法を、今日はゆっくり考えてみようかな。 繁華

          「ハッピィ・バースデイ」第6話(全10話)

          「ハッピィ・バースデイ」第5話(全10話)

           夜の電車は苦手だ。十時を過ぎると、いくら空いていても匂いが澱んでいる。特にこの季節は、汗の匂い、お酒の匂い、化粧の匂い。都会に住む人たちそれぞれの一日の疲れが、四角い車両に溜まって運ばれていくように感じる。そして、座って正面の暗い窓に映る自分の顔を見ていると、知らず知らずのうちに反省会を始めてしまう。誰かに言った何気ない一言、傷つけられた言葉、出来なかった仕事。酔って眠る人か、スマホしか相手にしていない人ばかりの電車の中で、さらに重い匂いを、私も吐き出す。  ぼんやりとデパ

          「ハッピィ・バースデイ」第5話(全10話)

          「ハッピィ・バースデイ」第4話(全10話)

           夜。暗くなってからの教室に、私はいつも時代の流れを感じる。私が学生の頃、教室も塾も、夕方までしかいなかった。高校のときだって、文化祭の前日以外は、こんな時間は家にいた。まして小学生のときなんて、夜の七時以降に外に出るなんて! いくら勉強のためとはいえ、親と一緒のときでなければ考えられないことだった。昼間はランドセルを背負っている子どもたちが、家に帰って夜のお弁当を持って、アルバイトをはしごしたような疲れた顔でやってきて、静かに問題を解いている姿を見ると、聡志が「受験塾がわか

          「ハッピィ・バースデイ」第4話(全10話)

          「ハッピィ・バースデイ」第3話(全10話)

           私が乗ってから三つ目の駅で、電車が止まった。準急の通過待ち。何だかえらく長い時間、待たされている気がする。まあ、そんなに急いでないからいいけどね。暖房が心地よく、私は大きなあくびをした。一年間、付き合って聡志の嫌な部分が目立ってきた。結局、ワインを飲みに行ったり、近所の居酒屋に行ったりはするけれど、休みの日は、だいたいゲーム。記念日もクリスマスも正月も、サプライズもなし。靴下は脱がない。ご飯は残す。子どもは嫌い。家ではほとんどしゃべらないのに、母親とは長電話できるってどうい

          「ハッピィ・バースデイ」第3話(全10話)

          「ハッピィ・バースデイ」第2話(全10話)

           私は郊外にある中学受験塾で講師をしている。私立中学を受験する小学生のための塾だ。聡志は何度説明しても中学受験塾がよくわからないらしく、「夏美さんの学習塾」と言っている。聡志には受験して中学に行くのは不思議なようで、 「俺の田舎じゃ、受験って高校で初めてするもんだから。何で義務教育なのに受験するんだろうね。俺が小学生の頃に通ってた塾は、そろばんだけだったし」  だって。確かに私たちの頃より最近の小学生は、土日も含めてみっちり勉強している。私の勤務時間は昼の二時から夜十時まで。

          「ハッピィ・バースデイ」第2話(全10話)

          「ハッピィ・バースデイ」第1話(全10話)

             朝。下りのホームは、人が少なくて気楽だ。向かいホームに立っている人たちは、そこにいるだけで不機嫌な顔になっているのに、こっちは平和ボケ。どっちのホームにもスマホ持ったり、新聞読んだり、一点凝視といろんな人がいるけれど、のんびりムードはこっちがリード。都心に向かう人たちは戦ってるんだろうな。そして、そのために今、戦場の策を練る時間。電車の中で押しつぶされているときだって、心頭冷却の時間。火もまた涼し、と感じるために。あっちの人たちの方が、正解なんだろな。ま、私はいいんだ、

          「ハッピィ・バースデイ」第1話(全10話)