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「ハッピィ・バースデイ」第7話(全10話)

 アパートに着く。一人。咳をしても一人。階段をゆっくり上がりながら、
「今日は誕生日なんだけどなあ。しかも三十歳の……」
 と、つぶやく。二階の角部屋でも、夜は関係ない。私は暗い部屋に電気をつける。1Kのこじんまりした部屋が明るくなる。私は服を着替えながら、すぐにテレビをつけ、パソコンの電源をつける。にぎやかなバラエティ番組の声をBGMに缶ビールを開ける。ベッドに座り、壁にかけた横線入りのスカートを眺める。よく考えたら、夜、何も食べていない。お腹がすいてきた。
 ビールを持って部屋の隅に置かれたパソコンの前に座り、メールをチェック。SNSで情報を知った知人たちから、年賀状のようなバースディ・メッセージが届いている。形だけでも、祝ってもらうのは、私のことを思い出してもらえて、やっぱり嬉しい。便利な時代になったもんだね。早速、お礼を書いて、返信する。
 何をしようかな。こんなときには本、DVD、ネイルアート。したいことが山ほどある。でも結局、何をしていいかわからず、私は膝に顔をうずめた。しばらくして立ち上がり、いつか読もうと思っていた文庫本を、本棚から取り出してみる。スウェットに履きかえ、ベッドに横になり、活字を目で追う。でも、登場人物が全然頭に入らない。私は文庫本を読むことをあきらめて、横に置き、天井を見上げた。
「……きっと、ホントにしたいことじゃないからだろうな」
 ホントにしたいこと。きっとそれは、誰かと一緒にいて誕生日を祝ってもらうこと。
 ふと、遠藤さんのことを思い出す。今頃何してるんだろ。十二時回ってるから、さすがに小学生は寝てるよね。復習やってたりして。何やってるかわからないけど、隣には誕生日プレゼントが置かれてるんだろうな。きっと、お母さんだって……。
 ベッドから起き上がり、床に転がっているスマホを開く。やっぱり聡志にメッセージを送ってみよう。引きずりまわして申し訳ないけど、やっぱり一人でいるんだったら聡志といたいよ。待ち受け画面を、実家のネコからはさみを持つ聡志に戻した。
「ごめんね、聡志。私のわがまま、今日だけ聞いて。そしたら明日からは、スパッとあなたの前から姿を消すわ」
 スマホの中で笑っている聡志に語りかけた。三十歳になったら、もう迷惑をかけない。でも、今日くらい、プレゼント代わりに最後のわがままを聞いてもらおう。
 でも露骨に「うちに来て」や「行ってもいい?」は、いかにも寂しいのがバレたみたいで恥ずかしい。こんなときにすら出てくる私のプライドって……。嫌になる。でもこんな自分と付き合わなきゃね。何か、ないかな。……あ、聡志の好きな芸人がテレビに。これだ!
「今、テレビ見てる?」
 とりあえず、これだけうってみる。送信。
 聡志の返信はほとんど一分以内にくるから、そのときに、
「一緒に見ない? 今日誕生日だしね!」
 と返信してみよう。タクシー代はかかるけど、しょうがない。今日は全部、自分へのプレゼントにするんだ。
 テレビを見ながら返事を待つが、ついにコントが終わるまで返事がなかった。お風呂に入っていて気がつかなかったのかな。とりあえず、もう一度だけうってみよう。
「今、この前話してたネタやってたのに!」
 送信。さて、何て返ってくるかな。
 ……ついに、番組が終わるまで返事がなかった。何よ、それ。せっかく眠るまでの予定を考えたのに、第一段階で早くもつまずいてしまっている。もういい。私が変なプライドを持ち出したのがいけなかったんだ。だったら直接、電話をかけて、すぐに向かおう! お腹もすいたし、いつまでも受身でいてもしょうがない。たいしたことじゃないじゃん。ただ、聡志に連絡して、会って、一緒に過ごす。そして明日から、三十歳から迷惑をかけずに過ごすきっかけにするんだ。
 横に置いたスマホを取り、ついに電話をかけてみる。ワンコールで出てくる聡志。何だ、もしかしたらちょうど今、私に連絡とろうとしてたんじゃないの? もう少し待てばよかった。私は、出かける準備をするために、立ち上がりながら話をした。
「もしもし、私。あのね……」
「ごめん、今、ちょっと」
 ん? 聡志の話す声の向こう側から、テレビの声と混じって女性の笑い声が聞こえる。あれ? うそ……。スウェットに掛けた手が止まる。
「ねえ、今」
「また連絡します」
 今、店長からかかってきたようなフリをしなかった? あれ……これって、浮気? いや、違う。別れているから浮気じゃなくて……でも、聡志は、私の……私の?
 ひとりぼっちの部屋は、広い。ベッドだけは存在感を持っているが、本棚もCDラックも、隅っこに隠れるように立っている。聡志がここに来たことは、あまりない。私が行くのがほとんどだった。でも、どっちかの部屋で一緒に過ごしてきたので、いざひとりになると、こじんまりした部屋でも空間を持て余してしまい、居心地の悪さを感じる。どうするべきかを、再び体育座りで考える。

選択肢①今からコンビニ行って、ショートケーキとワインを買って来る。
おめでたい誕生日なんだから、まずは、しっかり祝って明日に向かわなきゃ! 三十歳はきっと良い事が……。
ダメだ。聡志のことをはっきりさせないと、気になって何もめでたくない。

選択肢②聡志の家まで行き、電話の声を確かめに行く。
気になって仕方がないことは見に行くのが一番だ。……でも、どうなるんだろ。ドアを開けると、一緒にいる女性(彼女?)が出てくる。私はそのとき何ていう? 私は元カノです? いやいや、だから何? って感じ。第一、聡志がその人のことを好きだったら、私が何と言ったところで、どうにもならない。

選択肢③能天気なメールをうつ。
聡志は隠したってことは、私に言えないような人ってことでしょ? だったらそんなの気にしなくてもいいよって感じの、例えば、そうだな……「もしかして、そこにいる人も誕生日? だったら私と一緒に祝いませんか?」……ダメだ。狂ってきた。何が正しくて、何が間違っているのかわからなくなってきた。
髪をくしゃくしゃにして立ち上がる。というよりも、この状況で取る行動に、正しいとか、間違ってるとかあるんだろうか?聡志のことしか考えていないこの状況に。だったら……。

第8話

#創作大賞2023  

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