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共通テスト対策のために予備校に通う人の明暗

 こんにちは,予備校講師のひとりごとです。

 今週から,大学入学共通テスト(以下「共通テスト」)の出願が始まりました。ご存知のように,昨年度までの「大学入試センター試験」に相当するテストです。国公立大学を一般選抜(一般入試)で受験する生徒は受験必須だし,国公立大学で総合型選抜(AO入試)や学校推薦型選抜(推薦入試)で受験する場合も大学によっては共通テストの一定水準以上の成績を選抜基準として課してきます。私立大学志望の生徒も数ある入試方式の一つとして共通テストの得点を選抜に利用することができるので,実質ほぼ全ての(4年制大学を受験する)受験生が受けることになります。私が仕事をしている予備校でも,校舎内では掲示板に出願に関する案内が並んでいるし,館内アナウンスや生徒の会話でも出願の話題が飛び交っている,そんな状況です。

 私自身,「予備校がそんなに躍起になって出願のお膳立て(?)をしなくてもよかろうに…」と思うのですが,現に昨年もセンター試験の出願を期日内に失念していてセンター試験を受けられなかった生徒が担当クラスにいたので(驚愕),ああ確かにそういうビジネスなんだろうな…と思うようになっています。(その生徒は私立志望だったので,センター試験を受験できなくても本筋はなんとかなったわけですが…)。受験ビジネスの台頭(?)にともなって,当事者意識の低い受験生が量産されている現状は皮肉ですし,その一端を目の当たりにしてしまいました。こういうテーマはまた諸々の機会にお話ししたいと思います。

 ところで,今期は“初の”共通テストということで,予備校に対するニーズもそれなりに高い印象です。年度始めから「共通テストはどう対策しようか…」とずっと意識している高卒生も少なくないし,そういう生徒に対して相談に乗ったりアドバイスをしたりすることもあります。そりゃそうです,今年の高卒生(一浪目)は,昨年度のセンター試験で滑り込んでいれば,この入試改革やコロナ禍の荒波(?)に飲まれずに済んだわけです。そうしなかったのは,“自らの譲れない行きたい大学があるから”という強い意志が感じられます。(もちろん,その限りでない生徒もいます…)

 これまでに現役高校生向けの試行調査が行われてきたけれど,果たして本当にそれに準ずるような問題が出るのか,各予備校が共通テスト模試をやっているけれど果たしてその傾向はどこまで正確なのか,なんとも言えないわけです。そういうこともあって,生徒たちは予備校に“共通テスト対策”のコンテンツ(授業や教材)を求めてきますし,予備校側も“共通テスト対策”を一種の売り文句として商売しているようです。不確定要素が多い今年度入試において,その不確定性を少しでも軽減したいと思う生徒の気持ちは納得できるし,私もそういう生徒の気持ちに答えたい一心です。

 しかし,そういう生徒の中には,どこか勘違いをしている(ように見受けられる)生徒がいます。普段の会話の中で,「共通テスト対策って,何やればいいですかね?」とか「実際,どういう問題が出るんですか?」みたいに訊ねてくる生徒がいるわけです。

予備校に行けば“共通テストで点数が取れるようになる”わけではない

 そもそも,共通テストは,“安易に対策をされないために生み出されたものである”側面があるといえそうです。例えば,河合塾の新入試Naviでも端的に触れられていますが,その場で読解し思考する必要性が(旧センター試験と比較して)格段に高まっているし,身近な事象,あるいは現代世界で生じている様々な事柄と関連させながら出題される設問が多くなるようです。入試改革の背景や経緯についての詳細は,ここでは割愛させていただきますが,平たくいうと「センター試験とその対策を経て大学に入り社会人になった人々(まさに私のような世代)の思考力・応用力の欠如に対する反省と教訓が,この度の共通テスト実施につながった」といえそうですから,そりゃ読解力や思考力を測る入試になるのも納得です。(入試改革の背景に前文科大臣と企業の利権が絡んでるという話もあり,そういう文脈も想定されますが,ここでは論旨にそぐわないので触れません…)

 もちろん,私も,共通テストが“そういう入試”であることを理解したうえで,生徒に日頃から知識だけでなく知識に基づいて考える習慣を身に付けてもらうべく積極的にテキスト外の問いを投げかけているし,既知の事実を身近な事象に適用したり,それに基づいて未知の事柄を類推したりできるような話題の提供を心がけています。おそらく,多くの予備校講師もそういうことを大なり小なり考えていることと思います。

 しかし,それを受講している生徒が,そういう講師の頭の中を想像もせずに(?),また共通テストが“そういう入試”であることを理解せずに,「何やったらいいか」とか訊ねてくるわけです。もしその背景を理解していれば,そもそもそんな質問は飛んでこないはずだし,予備校で対策できることにも限界があることに気づいてくれるはずです。

 「いや,そうは言っても,やはり実力講師や,それらを有する大手予備校であれば,やはりある程度の傾向と対策をしてくるし,それなりの点数を取らせてくれるはずでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし私は,その対策を生徒が実際に活かすことができるか否かという点において,「何やったらいいか」と訊ねてくるような生徒にはやはり限界があると思わざるを得ないのです。

予備校を活用できるかどうかは,それまでの経験や知見の質・量で決まる

 そもそも,予備校の授業は,(一部の特殊形態を除いて)受験生がそれまでの人生で得てきた経験や知見を大前提として,“机上”(ないしは“黒板上”)で議論を展開するわけです。それゆえ,例えばそもそも温泉に行ったことない生徒に「硫化水素はいわゆる乳白色の温泉,草津温泉とかにいくとそこら中に漂っているにおいだよ」という知識を提供しても一切の意味がありません。また「草津温泉は硫酸イオンを多く含んでいて酸性が強いから,下流に流すときにどういう配慮が必要か」というトピックに関しても,そういう地域の河川生態系について1ミリも考えたことがなければ当然その答えも想像できないわけです。(そういうトピックがつい先日のある予備校の共通テスト模試の化学で出題されていました。そこではもう少し課題が具体化されて,中和生成物が難溶性の塩となるものを選択するだけでしたが…)。やはりそういう事象を考えたことがある人であれば「ああそうだよね」となるし,仮に知らなくてもその場でリード文を読解することで「へぇ〜,そうなんだ」と学びが得られるわけです。

 受験生としてこの一年を迎えるまでの人生で得た経験や知見の幅広さ・深さが十分にある生徒は,予備校での学びも当然充実したものになります。逆に,幼児〜小中学生の時代に単調なゲームに明け暮れてしまって身近な現象についてもほとんど関心も疑問も抱かなかったような生徒は,いくら予備校にきても限界があるだろうと,私は思うのです。そして,共通テストはおそらく,そこの差(≒自分の経験や知見に基づいて,教科書の枠にはまらない現実世界との関連性の中で物事を考えられるか否か)を的確に突いてきます。

頭を使って,予備校のリソースを十分に活用してほしい

 そうなってくると,結局「幼少期から生じていた,いわゆる”学力格差”というものを,高校生以降で挽回するのは,いくら予備校でもやっぱり不可能なのか?」という問いが生まれてくると思います。(そういう問いはこれまでも再三検討されてきたでしょうし,ネットにもこれでもかというほどの記事があり,時折SNSでも“炎上”しています)。確かに,挽回は簡単ではないし,そうやって付け焼き刃で挽回できる環境を作ったら(≒暗記勝負の入試問題や制度にしたら),結局思考力のない大人が生産されてしまうだけなので,そういう方向に流れるのは私もあまりよく思いません。ただ,これまでに得てきた経験や知見が少ない生徒であっても,授業の場で「あ,この知識は以前学んだあれと結びつくな」とか「あ〜,だから〇〇ではこういう現象が起こるのか!」みたいに,その場で頭を使ってほしい。身近には入試の題材となりうるようなトピックがたくさん転がっていて,それらについて事前に考えたことがあるという状況は大いにアドバンテージになります。

 生徒には,決して,教科ごと・単元ごとの答案作成マシーンにならないでほしいわけです。頭の使い方,ないしは知識の結び付け方のトレーニングを十分にしてこなかった生徒には,そういうのは難しいのかもしれないけれど,それでもその習慣を身につけるだけで,結果的に本質的な“共通テストの対策”ができるはずです。

 だからやはり,「予備校に行けば成績が上がる」とか「授業を受ければ共通テスト対策になった」とかいう謎の盲信(?)は,その一切を差し控えていただきたいし,「共通テスト対策って,何やればいいですか?」という質問そのものも無意味なのです。そもそも,「〇〇すれば□□できる」みたいな勉強法は存在しないので,それに頼ろうとするような生徒はそこで限界を迎えてしまうと思うのです。(大抵の予備校講師はそういうところをはっきりと理解していて,そういうことを指南してくれると思うのですが,如何せん“予備校”という組織そのものは,そういうところをうまくオブラートに包んで,あたかも「受講すれば成績が上がる」というふうに見せかけてしまっているフシがあります)。

 もし,万が一,これを予備校(あるいはそれに準ずるもの)に通っている生徒さんやそれにまつわる方が読んでいらっしゃったら,ぜひ,日頃から自分の頭で何かと何かを結び付けて考える習慣をつけるようにしてほしいな,と切に願うばかりです。くれぐれも,予備校で講習をいっぱい取って,フォアグラの如く給餌されて入試を迎えないように。

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