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吸血師Dr.千水の憂鬱④ロープワーク

第一章 山岳警備隊の普通じゃない日常風景

前回の話

第四話    ロープワーク

 翌朝、現在、峰堂常駐センターの派出所に常駐している大石分隊長、柳谷宏昌(やなぎや ひろまさ)小隊長、野村泰治(のむら やすはる)隊員の三名と、新人隊員達が、朝のルーティンを終えて「朝飯前」のロープワークをしていた。

山岳警備隊には「朝ルーティン」と呼ばれる朝食前トレーニングがある。

 朝は6時半起床だが、朝ルーティンの一つ目は起き抜けのストレッチと筋トレだった。ベッドの上で起き上がる前に両手両足を色んな方向に伸ばしてストレッチ。十分に伸び切った後に足上げ腹筋20回とクランチ20回をしてからうつ伏せになり、そこからウルトラマンポーズでの背筋20回、そのままプランク2分。そのまま腕立て伏せを20回。猫が伸びをするように手を前に伸ばしながら下半身は正座の状態で後ろ方向に引っ張るストレッチ。いわゆるヨガのチャイルドポーズ。

 その頃には身体は温まってくるので、再び仰向けになり膝を立て、片足ずつ交互に内側に折り込み股関節をほぐす。そしてようやくベッドの上に起き上がり、そのついでに開脚ストレッチを左右前と三方向で行い、更に上から下へと全身のリンパを刺激して、初めてベッドから出る。

 このベッド上での寝覚めルーティンは慣れてしまえばわずか5分ほどだが、身体を目覚めさせるにはなかなか快適な負荷だった。みんな実際には6時過ぎには起きて、各自寝覚めルーティンをやり6時半ピッタリには洗顔や身支度を終えた状態でスタンバイしていた。

 なにしろ日朝点呼が6:45からだった為、逆算すると自然と早目の行動になった。日朝点呼で全員集合すると、その場に用意された白湯が配られ、10秒数えながらそれを飲みきる。

 山岳警備隊には、厳しい体力トレーニングとはまた別に、できるだけ病気に負けない健康で強靭な体づくりをモットーに、日常生活の中にそういう細かい配慮が随所にちりばめられていた。

 そして、ラジオ体操に負荷をプラスしたような体操と20分程度のランニング。これが朝ルーティンと呼ばれる一連のウォーミングアップだった。

 7時半からの朝食前には、食堂前でロープワークをする。三人のベテラン達はそれぞれ年季が入っているだけに、ロープワークをものともせずに、あっという間にロープを結んで、さっさと食堂に入っていく。あとには、この春に山岳警備隊に任命を受けた新人達が残され奮闘している。

 このロープワークも山岳警備隊にとっては大切なルーティンワークだった。

 遭難現場では、実にさまざまなロープスキル(ロープを結ぶ技術)が必要になってくる。警備隊員たるもの、どんなロープワークも瞬時に無意識のうちに出来ないと話にならない。遭難救助はいつでも時間との闘いなのだ。

 常駐センターには、食堂、事務室、仮眠室、風呂場、会議室、寝室、資料室、至るところにロープワーク用のロープが掛けてあった。そのどこに入るにもロープを結び、また、そこから出る時はロープをほどく。部屋ごとに異なる結び方が指定されていた。そうやって、些細な時間にもロープワークをする事で、ロープを結ぶ事を呼吸するのと同じくらい造作もない事にするのだ。

 一時期はトイレにもロープワークが設けられたが、ロープを結んでいる間に気がまぎれて便意が失せてしまうという声が上がってから、トイレだけは免除になった。当初一番効果的と思われたトイレがなくなった代わりに、会議室が効果を発揮した。
 時間が決められる会議に遅刻しない為に、ロープワークが未熟な新人達は、早めに来て会議開始までに会議室に入っておかなければならなかった。   かと言って会議前とて勤務中なのだから時間を無限に準備の為に使えるわけではない。しかしロープワークに手間取って、会議室前にいながら会議に遅刻しても、先輩たちからは容赦のない檄が飛ばされた。

 朝食後は、峰堂常駐センター横の派出所の当直が加わり、機材、車両点検を始める8時30分までは休憩時間だった。各々新聞を読んだり、軽く身体を動かしたりして過ごす。
   
一方、常駐軍団が目を覚ますのと同じ頃、ラボのベッドで目を覚ました竹内は、見慣れない無機質な天井に戸惑い、軽い記憶の混乱に陥っていた。


「???」

(あれ?ここどこだ?オレ、昨日何してたんだっけ?)


続く

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