歩けなくなるまで血まみれになりながらハイヒールを履き続ける
夕方の外苑東通り。
花金の浮かれた空気なんて無視して真っ直ぐ家に帰ろうとする私の前をカップルが歩いている。
ブラウンのスーツにジェルで整えられた髪の毛。白地に薄紫の花柄のワンピースにセミロングの巻き髪。
横に並んで歩く彼らをうまく抜かせなくて、後ろにぴったりついて歩く。
彼はフェラガモのモカシン。彼女はダークグレーのキラキラした3センチヒール。
私は3センチヒールが苦手。フラットか、高いか。白か黒か。グレーゾーンはなし。中途半端な高さが苦手。
今ではバレエシューズ、スニーカー、バブーシュだって履くけれど、中高生の頃、ましてやもっと幼かった頃のハイヒールへの憧れと執着心は本当に恐ろしいものだった。
デパートの婦人靴のフロアへ行くと私は母からそっと離れる。
そして自分の好きなハイヒールを探すためにマダム達を掻き分けながら目を光らせて進む。
ハイヒールならなんでも好き、というわけではなく幼いながら好みがあった。
フラットシューズになんて目もくれず、とにかく踵が高く、つま先が尖っている靴を探した。
一番のお気に入りはポインテッドトゥのピンヒール。ヒールは高ければ高いほどいい。ビジューやフリンジがついているもの、エナメルも好きだった。
ハイヒールがずらりと並ぶ棚をじっと見つめ一番を見つけると、そこから奇行が始まる。
気に入った順に靴を並び替えてしまうのだ。
一番踵の高いポインテッドトゥのピンヒールを一番左において、隣に二番目にヒールの高いエナメルのパンプスを置く。大抵はベスト5ぐらいまで決めて、気に入らなかったヒールの低いシンプルな靴は「その他大勢」として触れることもせずそのまま端に置く。
納得のいくディスプレイができる頃に母がこちらに怒った顔をしながら戻ってきて私を靴から引き剥がし、店員さんに謝る。
怒られるのが嫌なので、それから私はどんなに美しいハイヒールを見つけてもむやみやたら触らなくなった。
お店で美しいものを見ても触れられないというのは本当に拷問に近くて、家ではこっそり母のアクセサリーを体につけられるだけたくさんつけて化粧品をむやみやたらと触り、塗りたくり、(ゲランのメテオリットパウダーを初めて見た時の感動は今でも忘れない)鏡でずっと自分の姿を見ていた。
少し大きい新品のハイヒールを家の中で履いて歩き、リビングに響き渡るコツコツと踵が床に当たる音をずっと聞いていたくて狂ったように何往復もした。
中高生になり母の足のサイズに追いついた私は、母のアクセサリーを身につけてハイヒールを履き出掛けるようになった。
悪あがきというか小さな反抗で制服に合わせるローファーも少しヒールがあるものを選んで履いていたけれど、ハイヒールを履いた時に湧き上がってくる自信にはかなわない。
早く「女性」に、「大人」になりたかった。
私は血まみれになって、水ぶくれを作りながらハイヒールを履き続けた。みんなと違う、何かになりたかった。
美しいハイヒールが似合う人になりたかったし、身長だってもっと高くなりたかった。たぶん、人から見下されたくなかったんだと思う。物理的にも精神的にも。
圧倒するような、人がひれ伏してしまうような美しさが欲しかった。
私は周りの人とうまく関係を築くことができずにいつの間にかはみ出していることが多かったし、かといって何も誇れるものは何もなく堂々と1人でいることも出来なかった。
あの子は運動ができる。あの子は勉強ができる。あの子は歌がうまい。あの子はアイドルが好き。
クラスで目立たないあの子でさえ、絵がうまい。ロックが好き。アニメが好き。
私にはこれといって何もなかった。
なんでも平均。胸を張って好きだと言えるものはないし、特技もない。
唯一ハイヒールを履くのが好きで、ハイヒールを引き立てるコーディネートを考えるのも好きだった。そしてそれを身につけている時の自分は好きになれた。
私がなりたいのはAKB48でも安室奈美恵でもない。
ローレンバコールやマリリンモンローに近づきたかった。2人とも劣等感やコンプレックスを武器に変えている。強くて、セクシー。セクシーすぎてカッコいい。
最近は職場でのパンプスやヒール着用の義務付けをやめるように求める「#KuToo運動」とか化粧をマナーとして強制するのはおかしいって声があるみたいだけど、私はハイヒールを履いた脚も化粧をした顔も美しいと思う。
せっかく生きるんだったら少しでも長い時間綺麗でいたい。
だから私は職場でのスニーカー着用を許可されてもハイヒールを履きたい。化粧がマナーじゃなくなっても長いアイラインをひいて赤い口紅をつけたい。
将来歩けなくなるとか肌がボロボロになるとか言われるけど、その時はその時。
自分が満足して美しくいられたならそれでいい。
自己満足上等。誰にも文句なんて言わせない。
美しさは私が決める。
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