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カルマの行方

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サラリーマン丸井和彦は平和な街"高槻市"に億劫としていた。 その丸井の前に現れた日雇い労働者宇賀はある仕事を持ちかける。                          ➖「あ…
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#バイオレンス

第十四話 それでもコスモスは凛と咲く

第十四話 それでもコスモスは凛と咲く

 その日の夜、丸井は御堂筋線昭和町駅に居た。
 地上に上がり、松虫通りとあびこ筋が丁度交わる交差点に立った。
 ガードレールの端に小さなコスモスの花壇があった。
 「昭和町抗争」で治安悪化が進み、白昼堂々と衝突することもしばしばあった事から地元住民の1人がコスモスの花壇を設置した。
 コスモスの花言葉は「調和」。その花はたとえ散ったとしてもまた新しい苗が植えられ、数年間に渡りこの交差点で"願い"と

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第九話 "いいちこ"と正反対の男

第九話 "いいちこ"と正反対の男

「じっくりいいちこ飲むなんか久々や。美味いなぁ」
 グラスを傾けながら、ポロリと言葉が溢れた。
「正反対やろ」
 優華はこちらをじっと見てそう呟いた。
「嫉妬してるんやろ、いいちこに。」
 グラスの中の氷をカラカラと奏で、優華は丸井に言った。
「なんやこら。ワシは酒に愛されて殺される人生願っとんねん。嫉妬なんかするかいや。いいちこの性格ごと肝臓にぶち込んで、糞と小便垂れ流して死んだらぁ。」
 優華

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第七話 布施"嘆き"の壁

第七話 布施"嘆き"の壁

 外に出ると雨はすっかり止み、綺麗な月が人々の罪を照らすかのようにはっきりと見えた。
 「きれいな月やね。余計に酔ってしまいそうやわ」
優華はセミロングの髪を風に靡かせながらそう言った。
「月はいくら綺麗でも、この機械油の臭いで台無しやがな。鼻の穴に556ぶち込まれた気分や」
 丸井はグニャっと曲がったハイライトの煙で綺麗な満月を覆い隠すように夜空に吐き出した。
「ほんま口悪いな丸ちゃん。556鼻

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第六話 そこどけそこどけ生野が通る

第六話 そこどけそこどけ生野が通る

大阪市生野区。
西成区と肩を並べるほど治安悪化が進んでいる。
 大阪市から特別危険区域に指定されて数年が経つが治安は一切回復しないでいた。
生野区の入り口と呼ばれている桃谷駅では「そこどけそこどけ生野が通る〜」から始まる生野わらべ歌がJR環状線の電車到着を知らせるメロディーとして採用されている。
 南巽、北巽、鶴橋という生野区で最も治安の乱れた地区を通る大阪メトロ千日前線は、同3駅を廃駅とした。

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第五話 心の仮性包茎

第五話 心の仮性包茎

 彼女は丸井のすぐ横についた。カウンターに置かれた手が小さく震えている。典型的なアルコール依存症の症状だ。
 チラッと彼女と目があった。1秒にも満たない短い時間だった。
 恐らく20代後半だと思うが、綺麗な瞳の下には大きな"クマ"があり、それはファンデーションでも隠せず、瞳の大きさをより際立たせていた。何か大きな業を背負い、丸井を悲しみの奥底まで引きずり込みそうな瞳だった。
 彼女はエイヒレと瓶ビ

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第四話 アルコールとのどごしと油臭さと

第四話 アルコールとのどごしと油臭さと

 長瀬駅を下車した丸井は外の雨に億劫としていた。
 改札の前にある東大阪入場管理局でパスポートを開示した丸井は、国内でパスポートを持ち歩くめんどくささに顔をしかめていた。
「はい、まいど。気つけてね。夜は壁付近に行ったらあかんで。この前も二人行方不明なっとるさかい」
管理局の男性職員に警告された後、丸井はやっと駅から外に出た。

 東大阪市は"街の首領"河野誠二が銅の密売で逮捕され、アメリカに身柄

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第三話 シケモクは"わびさび"の骨頂

第三話 シケモクは"わびさび"の骨頂

 数分歩いてドヤ街の前の自販機に宇賀を下ろした。
 丸井は縁石に腰掛け、残り少なくなったハイライトに火をつけた。
煙はモクモクと立ち昇り、夜空に消えていった。

 「丸井、送ってくれておおきにやで」
丸井はビクッとして後ろを見た。知らぬ間に宇賀は目を覚ましていた。彼は地面に落ちているタバコの吸殻を当たり前のように拾うとフッフッとゴミを吹き落とし火をつけた。
流れるような仕草が千利休の追い求めた"

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第二話 タバコはフィルターまできっちりと

第二話 タバコはフィルターまできっちりと

タクシーが止まった。やっと目的地に着いた。精神と時の部屋かと思うほど、この1時間は長かった。
 宇賀が吐き出す吐息は2歳未満の子供ならショック死するほど臭い。
 タクシーの運転手はダッシュボードから取り出した有機溶剤作業者用の防毒マスクを装着している。
 「ここがワイの街や。震えるなぁ。ただいま、西成」
 大阪市西成区。度重なる暴動と薬物が蔓延する日本最大のスラム。酒、暴力、性が全てを支配する街。

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第一話 その男"丸井"につき

第一話 その男"丸井"につき

 背中で泣く男がいた。
 名は丸井和彦、職業会社員、牡馬、人生未勝利。
 今日もロボットのように無機質な仕事を淡々とこなし帰路についていた。
 月初の金曜日というのに、この高槻市に活気と呼べるものはなく、疲れ果てたサラリーマンの溜息が街全体を包み込んでいた。

 「大阪のスイス」 吹田市、高槻市など北摂地域を総じて人はこう呼ぶ。東大阪市の隔離政策、西成暴動などで治安悪化に悩んだ大阪府が、特別治安向

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序章

序章

何かが焼けた臭いがする。ほんのり漂うアンモニアはラーメンの黒胡椒のように存在感がある。
寂しそうな近鉄電車から降りた乗客はパスポートを手に改札に向かう。
雑居ビルのエレベーターにはバンクシーの作品がひっそりと佇んでいる。
東大阪市をぐるんと囲んだ"壁"は人々の心より冷たいコンクリート。
壁の上の高圧電線は触れるだけでピカチュウもビックリするほどの電圧で感電させる。
壁の前に落ちた吸い殻の数は東大阪

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