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何も知らなければ、映画「関心領域」は怖くなかったはずなのに【映画感想文】

 第96回アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を受賞した映画『関心領域』が、2024/5/24からいよいよ公開されます。あのA24が製作した映画とあって、興味をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

「アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた」

オフィシャルサイトより

 こんなにシンプルで衝撃的なコピーもなかなかありません。そして、『関心領域』はまさにこの通りの映画です。

 私は有難いことに2024年3月の時点で本作を鑑賞出来たのですが、公開直前の今になってもこの映画が忘れられません。それどころか、『関心領域』を見た時に感じたゾワ……と内から湧いて来た恐怖は、日に日に私の中に染み込んで行きます。これからの人生において、長い付き合いになりそうだと思うほどです。



『関心領域』の概要

 先述のコピーの通り、本作はアウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族に焦点を当てた映画。舞台は1945年です。実は同名の原作小説があり、著者はマーティン・エイミス。日本では2024/5/22に発売されます。

 主な出演はルドルフ・ヘス役(一家のお父さんでアウシュビッツ収容所勤務)のクリスティアン・フリーデルと、ルドルフの妻ヘートヴィヒ・ヘス役のザンドラ・ヒュラー。

赤ちゃんを抱えているのがクリスティアン・フリーデル演じるルドルフ・ヘス。ヘス家は子だくさん、ルドルフは一家の大黒柱です。(公式トレイラーより)
ザンドラ・ヒュラーが演じるヘートヴィヒ。毛皮のコートを試着中ですが……。(公式トレイラーより)

 ザンドラ・ヒュラーは、以前noteでご紹介した映画『落下の解剖学』の主演俳優です。冷たさ、優しさ、誠実さ、愚かさ、美しさ、仄暗さを全て平等で自然な感情として表現する人という印象があって、私は彼女の演技が大好きです。


映画の感想(ネタバレなし)

 以下、オフィシャルサイトと公式トレイラーの範囲内での感想です。

何も知らなければ怖くないのに

 既に『関心領域』をご覧になっている方の感想を拝見すると、「怖い」「ある意味ホラー」といった旨の言葉がよく見られるので、もしかしたらとんでもなく恐ろしい表現があるのかとお考えの方も多いでしょう。アウシュビッツ収容所を題材とした映画だから、目を覆いたくなる描写があるのかもしれないと。

 まず申し上げておくと、本作には直接的な暴力表現はありません。私は暴力表現が苦手なのですが(ホラーも苦手です)、そういった表現が故の直接的な恐怖は感じませんでした。

物語の舞台、ヘス家の庭の景色(公式トレイラーより)

 作中の表現はずっと上の画像のような調子。もしもホロコーストについて全く何も知らない人がこの映画を観たら、「綺麗な庭だな」とか「働き者のお父さんだな」とか「子どもかわいいな」といった感想だけで終わると思います。

 だから怖いんです。『関心領域』は。

 いっそのこと、はっきりと目に見えればよかったのに。もしくは、何も知らなければよかったのに。そしたら、映画『関心領域』をこれほどまでに怖く思わないのに。

 何も見えないのに確かに“そこにある”のを知っているから、気付いた瞬間に体中を恐怖が駆け巡る。表現された感情に、表現されなかった事実にただただゾッとする。そういう点で、『関心領域』は非常に観客を信頼している映画とも言えます。

 映画『関心領域』のオフィシャルサイトには、こんな記載がありました。

スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?

オフィシャルサイトより

 この映画にどれだけ恐怖を覚えるかは、あなたがどれだけアウシュビッツ収容所での出来事を知っているのか、当時の愚行に怒りや悲しみを感じているのかによって変わることでしょう。

映画『関心領域』で感じる恐怖は、現代人に必要なもの

 映画を観てあなたが抱いた感想は、その人にとっては唯一の大切なもの。他人が「この映画ではこう感じろ!」「お前の感想は間違っている!」と、自分の価値観を押し付けるものではありません。

 だからもし、『関心領域』を見て「いい家族だったな、私もこんな生活がしたいな」「子ども可愛いし庭が綺麗だったなあ」「話題の映画だからSNSにポスターの写真投稿したら注目されそう」といった感想だけで終わった人が居たとしても、他人にはどうにも出来ません。
 だってそれって、映画を鑑賞した側が、映画の中のあの家族(特にヘートヴィヒ)と完全にシンクロしてしまった証拠ですから。自分とヘートヴィヒたちとの間に違いはないと認めてしまったわけですから。他人の苦しみに意識的・無意識的に鈍感で居続け、自分の快だけに関心を持ち、それ以外には無関心である生き方に。

 ただ、もし私の個人的な感情で申し上げてもいいのなら、映画『関心領域』を見て覚える恐怖は、私たち現代人に必要なものだと思うのです。戦争が終わらず、自分とは異なる属性を理由に人を差別し虐げ、憎しみ合い断絶を続ける世界を生きる私たちにとって。

 愚行は今も続いている。それらがもたらす恐怖を私たちが忘れてしまったら、人類の愚かな過ちは永遠になくなりません。 
 覚えている人がたくさん居たとしても、世界は過ちを繰り返しているのですから。忘れてしまえば、私たちは堂々巡りです。

ご自慢の庭を案内するヘートヴィヒ(公式トレイラーより)

 

映画『関心領域』を感じるためにおすすめしたいもの

 もしあなたが、少しでも映画『関心領域』で描かれるもの・描かれないものを細かに感じたいと思ったら、アウシュビッツ収容所で起きていた出来事について少しでも触れておくのをおすすめします。とても辛いことではあるのですが……。

 もちろん、史実を諳んじて言えるようになる必要はありません。事実を忘れずにいるのも必要ですが、それ以上に「自分がどう感じるか」をはっきり心に刻み込むのが大切です。『関心領域』を見る上で必要なのは年号や名前を諳んじる暗記力ではなく、自分の目で・耳で・心で感じたものと向き合うことだと私は信じています。

赤ちゃんと犬と庭を散歩するヘートヴィヒ(公式トレイラーより)


・おすすめ1:音響のいい映画館
 本作は第96回アカデミー賞で音響賞を受賞しています。その理由は映画をご覧頂ければ納得頂けるはず。この音響効果を味わうために、ぜひ出来るだけ音のいい(またはあなたが好きな音が聴ける)映画館で鑑賞することをおすすめします。
 映画の中では、常に音がしています。色んな音が、ずっと。


・おすすめ2:アウシュビッツ収容所を描いた映画や本
 映画『関心領域』に登場する家族は、アウシュビッツ収容所と壁一枚隔てた場所で暮らしています。(アウシュビッツだけでなく収容所の)壁の向こうで何が起きているのか・壁の外がどんな空気だったのかイメージが鮮明であればあるほど、ゾッと背筋が凍る場面が多々あります。

 そうしたものを知っておくためのインプットとしておすすめの映画をいくつか挙げておきますので、間に合うようであればぜひご覧になってみてください。(以下に挙げた映画には、暴力表現を含むものもあります。)


おわりに

 決して明るい映画ではありませんが、『関心領域』を鑑賞した記憶やあの時の感覚は、今の私の中に確かにあります。それだけ印象深い映画ですし、あまりにもあの時代の出来事が辛いのです。

 でも、もう一度振り返ってみると。

平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?

オフィシャルサイトより

 この問いを突き付けられた時、私は何と答えるのでしょう。あなたは、どう感じるでしょう。その時、のどに引っかかって取れなくなった痛みが。現代を生きる私たちには必要だと思うのです。


 映画『関心領域』は2024/5/24から全国ロードショー。原作小説『関心領域』は2024/5/22発売。どちらも最新情報はオフィシャルサイトをご確認ください。



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© 2024 Aki Yamukai

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