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親魏倭王の小話集

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#民俗学

民俗学小話集①

民俗学小話集①

【盆行事の話】
私の実家がある地域では、盆の時期に「七橋参り」という行事をしたという。私は母からこの名称だけ聞いた。母も詳細は知らないらしく、どのような行事だったのかは推測するしかないのだが、名称からすると、部落周辺にある7つの橋を巡礼したものと思われる。
川は世界の境界、橋は現世と異界を繋ぐ道であり、盆が「死者があの世から帰って来る」行事であることを念頭に置くと、先祖を迎え入れる行事であったと考

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民俗学小話集②

民俗学小話集②

【清水の舞台から飛び降りる話】
「清水の舞台」で知られる清水寺は観音信仰の霊場として有名だが、ここには満願の日に舞台から飛び降り、無事なら大願成就、もし死んでも補陀落浄土へ往生できるという信仰があり、多くの人が飛び降りたらしい。そのためたびたび禁令が請願され、飛び降りないよう舞台を竹矢来で囲ったりもしたという(ちなみに、木に引っかかるなどしたのか意外と生存率は高く、八割くらいの人は助かっているらし

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民俗学小話集③

民俗学小話集③

【赤飯と魔除け】
その昔、ある男が山道を歩いていると、「首吊らんか」という声がしたので、男は「帰りに吊るから待っててくれ」と言ってしまった。目的地についたのは昼で、そこで赤飯をご馳走になった。帰り、声がしたところに来ると、別の人が首を吊っていた。以後、赤飯は魔除けになると言われるようになった。
奈良県の伝説である。私も母から「赤飯は見逃すな」と言われて育った。赤飯は魔除けになるので、振る舞われたら

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民俗学小話集④

民俗学小話集④

【百鬼夜行の話】
妖怪は夕暮れ時(黄昏時)、幽霊は深夜(丑三つ時)に現れるものとされる。以上は柳田國男の分析だが、例外もあり、百鬼夜行は深夜に出現したようである。
『拾芥抄』によると百鬼夜行が現れる日は決まっていて、この日に出かけなければならないときは「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ」という呪文(和歌)を唱えれば百鬼夜行に出会わないとされた。
なお、密教の

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民俗学小話集⑤

民俗学小話集⑤

【五月豆を栽培しなかった話】
昔、天城のある部落では五月豆を栽培しなかった。村の産土神が豆嫌いだといい、他所から移り住んだ人が育てようとしてもうまく育たないという。しかし、太平洋戦争の戦局が悪化し、食糧不足が深刻になると、「豆を栽培しないのは国策に反するのではないか」との考えから産土神に参籠して祈願したところ、無事に栽培できるようになったという(『天城の史話と伝説』より)。
五月豆というのは聞き覚

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民俗学小話集⑥

民俗学小話集⑥

【即身仏、舜義上人】
即身仏の1体、舜義上人は、鎌倉・宝戒寺の住職を勤めた高僧で、隠居先の茨城県妙法寺に祀られている。入滅後、阿弥陀如来の石仏の胎内に納められ、阿弥陀堂に祀られていたが、ときの住職の夢枕に立ち「我再び世に出て衆生を救わん」と告げた。そこで棺(石仏)を開けてみたところミイラ化していた。入滅から78年後のことである。上人は入滅時に「五辛を絶ち、南無と唱うれば頭痛を治さん」と遺言したとい

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