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民俗学小話集⑤

【五月豆を栽培しなかった話】
昔、天城のある部落では五月豆を栽培しなかった。村の産土神が豆嫌いだといい、他所から移り住んだ人が育てようとしてもうまく育たないという。しかし、太平洋戦争の戦局が悪化し、食糧不足が深刻になると、「豆を栽培しないのは国策に反するのではないか」との考えから産土神に参籠して祈願したところ、無事に栽培できるようになったという(『天城の史話と伝説』より)。
五月豆というのは聞き覚えがなく、どんな豆か気になって調べたところ、そら豆のことらしい。収穫時期に由来する別名だそうで、他に夏豆という別名もあるという。
特定の作物が氏子の間で禁忌となっている話はたまに聞く。

【燻される道祖神】
『天城の史話と伝説』という本に、次のような記述がある。
師走の夜(具体的に師走のいつなのかは記載がない)には疫病神がやってくるので、多くの人はハチマキをして唸りながら寝る。すると、疫病神は「この家にはもう病人がいるな」と思って立ち去る。そして、来年病気にする人を記した名簿を道祖神に「正月十五日に取りに来る」預けていく。そこで、十四日の大とんどを道祖神の前でやる。翌日、疫病神が来ると、道祖神は「昨日大火事があって何もかも焼けてしまった」と答える。結果、疫病神は誰も病気にすることができないで去っていくという。
燻されて黒くなった道祖神が多い所以である。

【京都・志明院の怪談】
京都・洛北にある古刹、志明院。役行者が創建し、空海が中興したとされ、本尊の不動明王は菅原道真作と伝わる。鴨川の水源地で、歌舞伎狂言『鳴神』の舞台でもある。司馬遼太郎は同寺に滞在中に不思議な体験をし、その話を聞いた宮崎駿は『もののけ姫』を構想したという。
志明院には奇妙な話が伝わっている。戦後の占領期、米兵が秘仏の不動明王を持ち出そうとした。門を出るなり猛烈な腹痛が襲い、ジープも動かない。門をくぐると腹痛は治まり、ジープも動く。門から出るとまた腹痛とジープの故障。さすがに怖くなり、米兵は不動明王を返却したという。

【あごなし地蔵とシャブキバァバァ】
埼玉県川越市の広済寺に「あごなし地蔵」と呼ばれる地蔵がある。実見したことがないのでよくわからないが、下顎がないらしい。歯痛に霊験あらたかだという。
少し調べたところ、「あごなし地蔵」と呼ばれる地蔵はあちこちにあり、島根と三重のものが知られているようだ。
広済寺のあごなし地蔵の横にシャブキバァバァと呼ばれる自然石が立っている。シャブキはしわぶき(咳)のことで、咳止めに霊験があるという。願掛けする際は石を荒縄で縛り、願が成就すると縄を解いて、お茶と金平糖を供えるのが習わしだという。
シャブキバァバァとは「咳の婆」という意味だろう。東京によく似た信仰がある。

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