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古本屋「さらだ」で出会った

◇◇ショートショートストーリー


自由が好きな次郎は休みの日は自転車に乗って、心の赴くままに、好きな場所に出掛けます。名画座で映画をみたり、トレーニングジムに通ったり、時にはボランティアに出掛けたりプライベートを楽しんでいます。彼は今年還暦を迎えました。

明るくて気取りのない次郎は、出会った人とすぐに打ち解けて仲良くなります。根っからの人好きの性格は祖父のDNAを受け継いでいるのです。

次郎の休日の行動ルートの中に、古本探訪があります。本に囲まれているとほっとすると言う彼の本棚には、スポーツや音楽や文学など幅広いジャンルの本が並んでいます。

次郎の行きつけは古本屋の「さらだ」です。彼はそこで何気なく本に出合うのが好きなのです。

店にはジャズピアニストをしている店主のセレクトでジャズが流れています。おしゃれなジャズを聴きながら立ち読みするのが次郎の至福の時間です。そこで店主とジャズの話や本の話をするのが楽しいのです。


「面白いの入ったかな」
「この間のはどうじやった、地元の俳句結社の吟行集、よかったでしょう」
「面白かったよ、うちのじいさんの句が出とって、嬉しかったんよ」

次郎の祖父は、文化人で、仕事をしながら俳句をたしなみ俳句結社の主宰も務めた人でした。その人柄から著名な文人や文豪との交流もあって、実家には彼らとの書簡が、幾つも残されています。

次郎は、そんな祖父を敬愛していました。自分が俳句を詠むことはしませんが、句を味わうのは好きなのです。

彼にとって古本屋で俳句の本を探すのは、自分のルーツ探しなのです。祖父とかかわりがあった人たちの句や文章を読むことで、祖父の時代を知り、その心に触れているような気がしていました。


いつもは手前の本棚ばかり見ていた次郎ですが、この日は導かれるように奥の棚に向かいました。そこで何気無く手にした一冊は、祖父がとても親しくしていた俳人の追悼集でした。

「本当にいい句をたくさん詠んどるなー、おじいさんが、この俳人のことを好きだったのが分かるような気がするな―、自由なところもええしー」

「この句もええなー」

そんなことを思いながらページをめくっていると、短冊の形をした和紙が挟まれていました。


「何て書いているんだろう・・・」

和紙には男らしい筆跡で「この書籍を謹呈します」と書かれています。

見覚えのある文字でした。

「これはじいさんの字じゃ、間違いないこの字は、じいさんの字よ」

「あー、じいさんの名前も書いとらい、この本はじいさんが誰かに贈った本じゃなー」

次郎は母に聞いた話を思い出しました。おじいさんが身寄りがない著名な俳人の最後を自宅で看取った後に、俳人のために追悼集を出したことがあるというエピソードです。

何気なく次郎が手にした本は、おじいさんが出版した追悼集を俳句仲間に贈ったものだったのです。

この偶然の出来事で次郎は思いました。「これは還暦を迎えた自分へのおじいさんからのメッセージではないか」と。

「これからは自分の道を楽しみながら人の為に生きてみることも大切だと思う、そしてお前もそろそろ俳句をたしなんでみると世界が広がるぞ」そんな言葉を貰った気がしたのです。

次郎はこうつぶやきました。
「じいさん、ありがとう、俺も還暦を機会に改めてこれからの人生を考えてみることにするよ」

次郎は早速、古本の中から「俳句入門」の本を探し始めました。


【毎日がバトル:山田家の女たち】

《俳句は楽しいけんね思うことを詠んでみたらええ》

俳句の投稿を懸命に考えているばあばと。

「句集が見つかったんは縁じゃねー、普通は見つからんと思うよ」

「実はお母さん、これは実話に近いんよ、こんなことがあったって友人から聞いたんよ」

「ほしたら、折角お孫さんが句集を見つけたんじゃけん、俳句をやってみたらええと思うよ、俳句は楽しいけんねー、思うことを詠んでみたらみたらええんよ、これはメッセージかも知れんね、おじいさんの」

このショートショートストーリーを創作する時に、これは奇跡だと思いました。だからこそ、書いてみようと思ったのです。きっとお孫さんは俳句を始める事になると思います。


【ばあばの俳句】


ままならぬ出かけ見送る蝉しぐれ


出来るだけ外出を控えている私ですが、時折やもうえず出掛ける時は母がと手も心配しています。にぎやかな蝉の合唱が少し、うるさく感じている私のことを母が詠みました。



幾つになっても娘を気遣う母はありがたいと思います。


▽「ばあばの俳句」「毎日がバトル:山田家の女たち」と20時前後には「フリートークでこんばんは」も音声配信しています。お聞きいただければとても嬉しいです。

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私のアルバムの中の写真から

また明日お会いしましょう。💗

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