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「ものぐさトミー」と再会した話。

小さな頃に読んだ本、そんな中で忘れ難い一冊の本。そんな本はありませんか。
今回はそんな話。

私が子供の頃、町内の集会所には図書室があった。それは毎週土曜日午後からやっていて、町内の小学生までなら誰でも利用可能。
図書室といっても、昔のプレハブ建物に畳敷き。壁一面に本棚があり、何処から集めたのだろうか江戸川乱歩の少年探偵団シリーズからから絵本まで多種多様な本が所狭しと並んであった。

夏暑く冬寒い防御力ゼロのプレハブに篭る古い埃っぽい匂い。たまに謎の銀の虫(紙魚)が歩いている。

私は気に入った本を何度でも読むタイプだ。新しく借りる本3冊決めた後、時間が許す限り過去に借りた本も含め、その時読みたい本を読みたいだけ読んでいた。

その中で非常に印象深い本があった。
本の名前は「ものぐさトミー」

ものぐさな少年が主人公。
彼の名はトミー・ナマケンボ。
こんな恐ろしいほど、人格を現した名前があろうか。衝撃的なネーミング。
彼は朝起きることさえ面倒くさい。顔を洗うことも朝食を取ることさえも面倒くさがる。
そんな彼の生活を機械仕掛けが全て行う。
そんなある日、落雷が起き機械が壊れてしまう。そんなことを知らないトミーの運命や是如何に。

絵が可愛いわけでもない。どちらかというとリアル系。挿絵もカラーだが、パッとはしない。
だが、この機械はどんな風に繋がって作用して動いているのか、妙にリアルな絵の描写が想像力を掻き立てる。
綴られた言葉のリズムもすごく良く、つい声を出して読んでしまう。
そして、機械仕掛けの話に相応しい読者をアッと言わす終わり方。

小学生の6年間の間、その図書室で「ものぐさトミー」を見かける度に私は何度も何度も読んだ。

そして私は中学生になり、図書室に通うことはなくなり高校、大学生と大人になっていった。

その図書室で沢山の本を読んだが、記憶の中で「ものぐさトミー」も沢山のうちの一冊となり、あんなに繰り返し読んだ本の記憶は朧げとなっていった。
ただ、あの本面白かったな。というイメージは強く残っていた。

やがて、図書室のあったプレハブは取り壊され立派な集会所が出来た。
図書室はもうやっていないようだった。

その頃にもなると、かろうじて覚えていたのは「ものぐさな少年」「機械仕掛け」というキーワード。表紙を含む挿絵と、ざっくりした話の流れだった。
もう「トミー・ナマケンボ」という衝撃の名前も、ラストのオチも、何ならタイトルさえ忘れていた。

時々、ふと思い出しあの本は何だったのだろうと本屋の絵本コーナーに立ち寄った事もあったが、同じくよく読んでいた有名な絵本はよく見かけるものの、ついぞ出会う機会はなかった。

そして、月日は流れ私は息子の幼稚園で図書ボランティアに入った。絵本に触れる機会が増え、幼稚園の絵本室の棚を見ては、あの本を思い出すようになった。
でも、もうタイトルは分からない。

そして、息子が幼稚園卒業の春。
夫の強い勧めでスマホに変えた。忘れもしないiPhone3gs。
当時、仕事上での苦い経験から電脳モノが苦手で家のパソコンもほぼ触る事はなかった私。

ガラケーと文字打ちの感覚が全く違うし、四苦八苦。うっかり手が触れて作成中のメールが飛んでいくこともしばしば。慣れるまで何度、地団駄を踏んだことやら。

ただインターネットが気軽に出来る様になり、調べ物は助かった。便利なものができたなと思った。

そして、同じ春。息子小学校入学。
何とかスマホを使いこなせるようになった頃、ふと「ものぐさな少年」「機械仕掛け」を検索してみた。

「…あるやん!」

かろうじて覚えていたフレーズ。二語だけでヒットしまくり。
やばいぜ、インターネット。

何十年かぶりに見る「ものぐさトミー」表紙。

なんて直球なタイトル。
なんで忘れていたのか分からないくらいド直球。
実店舗で見かけることが無かったあの本がインターネットの中で溢れかえっていた。

ネットで買う事もできたが、当時はまだまだ電脳に対して敵意に近い警戒をしていた私。ネットショッピングなんてできない。絶版ではないようだったが、わざわざ本屋で取り寄せて買うまでも…と思った。

ネット上でタイトルと沢山の人がこの本を面白いと思って、ブログや感想を書いている事を知れただけで大満足だった。

そして私は小学校でまた図書ボランティアに入った。初めてのミーティングの終了後、みんなで軽く本の整頓。低学年向けの棚は子供達が返却に慣れていない為、乱れがち。

そんな本棚を片付けていると、"岩波の子どもの本"という読み物シリーズに目が止まった。
何冊か持っている本が並ぶ。
「このシリーズ、こんなにタイトルがあるんだなぁ。」と、いろんなタイトルを追っていくとその中にあった。あったのだ。

「ものぐさトミー」

私はほぼ初対面の方々の中、人目もはばからず

「あるやぁあぁあーーん!!」

膝から崩れ、気付けば「映画 プラトーン」の名シーンの様なポーズを取っていた。

「わぁ!びっくりした。どうしたの!?」近くにいたボランティアの先輩方が声を掛けてくれた。
中には「エリアス軍曹?」と突っ込んでくれる方もいた。さすが先輩方、分かっていらっしゃる。

「ものぐさトミーがあったんですー!」

先輩方からすれば、何が何だか分からぬことを言う私。「気になる本があるの?整頓後、図書室を閉めるまで読んでもいいよ。何なら貸し出しもできるよ。」と笑いながら言っていただいた。
皆さん、優しい。

お言葉に甘えて整頓、解散後、何十年かぶりに「ものぐさトミー」を開いた。

ページをめくる度にあの頃の空気や匂い、風景や感情が再現される。
相変わらずトミーのものぐさっぷりにニヤつく私。やっぱり面白い!
不思議なことに、ザックリしか覚えてなかった話がページをめくる先ごとに鮮明に思い出す。そして、すっかり忘れていた物語のラストページのオチのひとこと。思わず声を出した。読んではいない。私は覚えていたのだ。

ちょっと自分にぞくっとした。

その時、たまたま年度始めの図書ボランティアの様子を見に来ていた嘱託の新見先生(私の母と同じ位の年齢)に声を掛けられた。
「それ、懐かしい。」

新見先生はいつも子供達に囲まれ人気の先生。
そして、この県で初めて"子供達に本を。"という運動を始めた団体のメンバーだったそう。
絵本や図書団体にもかなりお詳しい方だ。
私は興奮気味に事の経緯をすっかり話すと、「あなた、ずっとこの市の人なのね?」と聞かれた。

「はい。隣町ですが。」と、答えると先生はニッコリと笑い、「丁度、あなたの子供の頃だったと思うわ。この本、この市の読み聞かせ団体"おはなしボランティア"で流行っていたの。色んな所でその団体が読んでいるはずよ。そのあなたの町の図書室にあっても不思議じゃないわね。」と言われた。

私は心底驚いて「私、この本買いに探します!取り寄せます!」と言うと、先生は「隣の市の最近出来た大きな本屋さん、古いタイトルも品揃え良かったですよ。」と、教えてくださった。

私は週末、早速少し郊外にあるその大きな本屋に行った。
絵本売り場でなく、児童書の棚に「ものぐさトミー」はあった。値段も見ずにレジへ行った。
家に帰り、袋を開けて本を読んだ。そして読んだ後、今度は息子を膝に乗せて読み聞かせた。
息子はトミー・ナマケンボのものぐささにニヤニヤし、トミーの顛末に声を立てて笑った。

私の読み聞かせを近くにいた夫が聞いていた様で、「テッちゃん、俺、その話知ってるわ。」と言い出した。夫もこの市で生まれ育っていた。

先生から聞いた話を夫に話すと、夫は笑って「すごいなぁ。」と、感心していた。

奥付を見るとこの「ものぐさトミー」2008年の時点で第15刷と書いてある。とんでもないベストセラー本である。
パッとしないなんて言ってゴメン。トミー。

そして、数ヶ月後。図書委員のサポート業務の当番で学校にいた時のこと。
本をどっさり持った新見先生に呼び止められた。

先生は定期的に自分の家にある本を処分したり、小学校の図書室に寄付したりしているらしい。

「これ、あなたに差し上げます。」と、差し出されたのはビニール袋に入ったボロボロの"ものぐさトミー"

「初版本なの。」という先生の言葉に「こんな貴重な物、いただけません!」と私は固辞したが、先生は「あんなに思い入れがあるんですから、貰って欲しいわ。ボロボロだけど。」と笑う先生。
「…じゃあ、遠慮なく…。」と私は頭を下げた。

家に帰り、ビニール袋を丁寧に広げ、初版本の「ものぐさトミー」を手に取った。私が買った2008年15刷とは表紙の材質、微妙に装丁も挿絵の色合いも違う。
なにより奥付には「1977年6月24日 第一刷」
先生の話や時期的に私が読んでいたのも第一刷の可能性が高い。

私は先生に感謝しながら、ボロボロで崩れそうな「ものぐさトミー」を丁寧にめくって読んだ。

こんなに運命めいた本に出会う事が出来て幸せだと思う。

我が家にある2冊の「ものぐさトミー」は今も大事に私専用の本棚に仕舞ってある。

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