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自分の気持ちを折らない「しなやかさ」

昨年の2月から新しく始めた趣味である将棋だが、将棋を通じて日々いろいろなことを学んでいる。技術的なことはもちろんなのだが、どちらかというと鍛えられているのは「メンタル」の面が大きい。これまで、精神論的な話は底が浅いと考え、若干バカにしていたのだが、そうでもないのかな、と考えを改めることになった。

少し前まで、将棋でスランプに陥っていた。主にネット将棋を指しているのだが、自分よりも格下の相手にもバンバン負けるような状態だった。先日実家に帰ったとき、父に負けまくり、奥さんにも勝てなかった。

いったん負けが込んで崩れてくると、悪循環に陥ってしまい、指しても指しても負けるようになってしまう。それはピンチだから負けるというわけでもなく、こちらがかなり優勢なのに勝手に崩れてしまう、というパターンが多い。「勝ち切るルート」がイメージできないのである。

相手が明らかに弱くて序盤で圧倒的なリードを得たのに、そのリードを生かしきることができず、相手に大逆転されてしまうということである。そうなってくると、実力の問題というよりは、精神力の問題のような気がしてくる。



将棋というのは非常にシビアだ。他の多くの娯楽のように運の要素が全くなく、外的要因もなく、チームスポーツでもないので、「負ける」のはすなわち自分が弱いから、という結論になる。これほど勝負としてシビアなものはそうそうないかもしれない。しかし、これに出会えて本当に良かったと思っている。

指せば指すほど将棋のプロはすごいな、と思う。自分はただ趣味でやってるだけでこんなに辛い思いをしているのに、プロは生活や記録がかかっているわけだから、その真剣さは自分の比ではないだろう。

いまの将棋界の第一人者である藤井聡太は神がかり的な強さを見せている。純粋な将棋の強さもそうなのだが、精神力が神がかっているな、と思う。どんなインタビューにも、いまのスコアは気にしていないと言い切り、大勝負でも冷静に指しまわす。勝負どころできっちり実力を出し切ることができるのが今の強さにつながっているように思う。

向かうところ敵なしなので、全ての対局で圧勝してるのかと思いきや、内容を見てみると、意外と劣勢に追い込まれることも最近では少なくない。何故かというと、藤井聡太が将棋界の第一人者というのは誰もが認めるところであり、みんな入念に作戦を練ってきているので、対藤井キラーみたいな状態になっているのである。

将棋は普通の人が考えるよりもはるかに奥深く、無限に近い可能性をもつ宇宙である。しかし、研究が行き届いて「よく見る展開」というのは確かにある。そういった局面では藤井聡太は鬼のように強い。なので作戦としては、藤井聡太にとって未知の局面を研究し、そちらに引き摺り込むことが重要になる。

最近では、相手が入念に準備してきた秘策が炸裂し、レート的に見れば相当な格下相手に劣勢に追い込まれてしまうことも少なくない。でも、最後には実力で押し勝ってしまう。凄まじいとしか言いようがない。

格下相手に自分が劣勢に追い込まれるなんて、みたいに自分で自分を追い込んでしまうことがないのだろう。目の前の局面に集中し切っている証拠だと言える。勝負の世界にありながら、勝負を勝負と思っていないような、明鏡止水のような境地と言えるだろうか。

藤井聡太が特殊なのではなく、一般の人と比較すると将棋のプロはみんなそんな感じである。勝負の世界においての精神力がすごい。自分も頭では自分を追い込むような思考はしないようにと思っているのだが、なかなか思い通りにならない。

自分はあまり勝負の世界に身を置いてこなかったので、そういったことが身に付いていないのかもしれない、と思った。小さい頃から別にスポーツはやってこなかったし、何か競争をしていたということもないので、勝ち負けに対する免疫がついていないのかもしれない。

そう考えると、小さい頃からスポーツなどで培われた勝負の感覚というのは結構重要なものがあるんだろうなと思う。競争や勝負事を避ける教育は最近の傾向ではあるが、あまりそれでは良くないのかもしれない。大人になってから真剣な勝負に挑むときにしっかりと自分の精神を保つことができるというのは、訓練でしか育てられないのかなとも思う。

挫折を知らないエリートは折れやすい、というのはよく聞く話ではある。そういったものを35歳を過ぎてから日々学んでいる。

勝負ごとに負けるというのは非常に大きなストレスがかかる。目標にしているものがあるのなら、それから遠ざかってしまう、ということはさらにストレスだろう。努力しても努力してもそれに近づけない、という状況はストレスをさらに増幅する。

究極は、「負けてもストレスを感じないこと」だろう。ストレスを感じたとしても、それを自分のなかで消化する。目標から遠ざかったとしても、目指してさえいればいつかはたどり着くと信じる。自分の気持ちを折らない「しなやかさ」が大事だと感じる。

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