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今までの恋愛経験を振り返ったら、恋愛依存症だった話

こんにちは、3月も終わり、もう新年度。
桜も咲き始めて、すっかり春らしくなって過ごしやすくて幸せ・・・🌸


さて、今日は今までの恋愛を振り返ってみようと思う。
一言で言うと私は独身時代、本当に、本当に、深刻な恋愛迷子でした。
なんなら、彼氏もいるけど恋愛ってなんなのか、なぜ恋愛をするのかさえ
よくわからなかったというのが正直な感想。

なぜかというと、恋愛で「幸せだな、安心するな」と言う気持ちよりも
「しんどい」「辛い」「苦しい」「寂しい」
と言う感情を常に感じていたし
恋愛=苦労するもの、辛い思いをするもの
と思うようになっていたから。
当時を思い返せば、周りには同様に考えている友人たちしかいなかった。

自分自身のことも、恋愛も何が何だかよくわかっていないし、
恋愛は苦労するものと思っているのに、
彼氏は作るのは、自分の中の「寂しさ」を埋めるためだった。(無意識)


過去の恋愛でよくあったパターン


1:運よく相手から声をかけられる
2:何回か遊びに行く
3:付き合う

こう書くと、よくある恋愛に発展するパターンだと思う。
でも結果的に全然違うのは、
潜在意識で求めている相手」と
顕在意識で求めている相手」が一致していなかったこと。

「潜在意識で求めていた相手」は、
私の親と同じように私のことを雑に扱い、大切にしてくれない相手。

「顕在意識で求めていた相手」は、
正直夫と付き合うまで、よくわからなかった。
「安心できて、大切にしてくれる人」
「仕事を頑張っている人」
などなんか在り来りな、どこかで聞いたことがあるそれっぽいことを
「自分が求めている相手」だと思っていた。
この不一致を修正するのに、
理想のパートナーリスト100の作成はとっっても役に立った。


付き合ってからの破局のパターン


1:最初1−2ヶ月は大体楽しい(どきどき、ソワソワ落ち着かない感じ)

2:3ヶ月目くらいになると、悩みが尽きない
Lineが返ってこない、私から連絡しないと音沙汰ない
電話してくれない、折り返しもない
次会う予定がないけど、いつ会えるのかわからない、聞いていいかもわからない
なんとなく緊張感がある
相手の熱量が落ちてきた気がする
嫌なことを嫌と言えない
本音が言えない
話していても、心が近づいた感じがしない
会うのは夜の時間だけ、昼間のデートはない、、、

3:言いたいことが言えないので、ひたすら溜め込む。
親・妹・友人たちに相談してみる。決して彼氏には核心を聞けない。
常に頭のどこかで悪い想像をしている。
「私のこともう飽きたんじゃないか」
「私のことどうでもいいんじゃない?」
「なんで私より、その予定を優先するんだろう」
「どうせ私のこと、初めから好きじゃないんじゃないか」
「その予定本当?浮気とかしてるのかな?」
「私のあの一言が余計だったから嫌われたのかな」
「私がこうしたから、相手に重いと思われたのかな」
「仕事が大変なのに、電話したいって言ったから嫌われたのかな」

4:何か小さな不満をきっかけに、堰を切ったように怒りが溢れ出し
 別れ話をする。
もうこの段階まで来たら、自分でも止められなくて
もうこの関係を終わらせたくて、仕方がない状態。
誰かと一緒にいたいのに、一緒にいられない。
別れたくないって言う人もいたし、すんなり終わった人もいた。

5:結局別れる。
心がしんどくて仕方がないのに、心のどこかでは「ホッとしている」自分がいる。
「ほら、やっぱり別れた。どうせ私のことはどうでもいいんだよね。」

どの恋愛も思い返せば、こんなパターンが出来上がっていて
いつしか、「ほら、いつものパターン。どうせうまくいかない」
と言う信念をより強化するために、
そういう人を選び、1〜5の流れになるような恋愛ばかりを繰り返していた。
それが、恋愛だと思っていたから。
恋愛は苦しいものだし、苦しくなければならないと思っていた。
愛情は苦しいもの、愛情は辛いもの。
苦しいも辛いのも、愛情があるから。
そう思い込んでた。
思い込んでいたというか、それが当たり前で
それを疑問に思うことはなかった。
だから、幸せだという人を見ると不思議だったし
人前だからそう言っているのかな?と思っていた。
皆本当は辛いはず。となんとなく思ってた。
(だから、今の夫と出会い、付き合って恋愛が幸せなものだと気づいて
目玉が飛び出るほど驚いた。笑)


恋愛(愛情)=辛いもの・苦しいもの


と言う信念ができるようになったのは、
ここのNoteに書いている私の家族関係がすごく影響していた。
人は家族という社会の中で、どういう形で愛情をもらうかによって
愛情がどういうものかを認識していくと思う。
私の場合は、親からの身体的・精神的DVがあるような環境で育ったため
親の態度や言葉・行動は愛情があるからだと信じ込んでいたし、そう思い込もうとしてた。
(実際、うちの親は子どものことを愛していたとは思うけど、
愛し方がわからないし、養育・子育てには向かないタイプの人間)
だから、大好きな人から辛いこと・ひどいことをされたとしても
それが =愛情と結びついてしまい
ひどいことをされればされるほど、その関係が正しいもののような気がして
依存して、別れて、また付き合い・依存して・・・の繰り返しだった。
20代後半になり、まともに恋愛関係が続けられないことを
流石におかしいと思い、心理学など調べていたときに
「恋愛依存症」という言葉を知った。
今までの自分の行動や恋愛歴と共通点ばかりで驚いたとともに、
やっとこの暗闇から抜け出せるというような、安心感を感じた。


今、恋愛で苦しい人へ

恋愛は本来楽しいもので、
心から安心できて、信頼できる人と過ごす時間は
心が満たされます。

相手の一挙一動で心がざわざわしたり、
連絡が来なくて勝手に不安になったり、
自分が我慢すれば、、、と思って飲み込んだり、
関係が進まなくてモヤモヤしたり、
この関係は何?とふと疑問に思ってしまったりすることはないのが、
本来の恋愛です。

私は両方を経験しているからよくわかるけど、
自分を大切にしてくれる人と付き合うと、
衝突があっても、一々別れるかもしれない・・振られるかも・・
なんていう不安は一切なかった。
まあ、別れることになってもお互い求めている相手が違ったんだな
次に行こう、自分のことは自分で幸せにできるし!と思っていたと思う。
(根底には「自分で自分のことを幸せにできる」という絶対的な自己信頼があるから)

自分で軌道修正すれば、辛くない、穏やかな恋愛ができるようになる!
ということだけは、伝えたい!笑




今日はこれから親知らずの抜歯でどきどき。。
麻酔いっぱい使ってもらおう。。。笑

みなさんは良い1日をお過ごしください・・・🌸











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