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戦争とヒューマニティの相剋。『赤十字とアンリ・デュナン』 吹浦忠正


国際赤十字の起源とそのなりたちについて、知りたくて読みました。ところが、創設者アンリ・デュナンの一生を追っても、実は赤十字の組織や活動については、余りわからないという衝撃の事実に直面。

これは、創設者のデュナン(1828-1910)が、赤十字を創設したはいいけれど、その組織を維持する能力がなくて、つい独断でいろいろなことをやってしまい、かなり早い時期に赤十字を追い出されてしまうから。

デュナンはのめりこみやすく、独善的になりやすい人だったらしいです。赤十字より先に、YMCAの創設にかかわっているけれど、こちらでもほぼ結果は同じになっています。でも、なんか憎めません。

しかも、デュナンは事業に失敗して、故郷のジュネーブでも忘れ去られているか、悪い噂しか残っていないそうです。逃げるように故郷を後にして、40代を前にして極貧生活とか。それでもなんとか細々活動を続けていたデュナン。いやはや……

60代後半になって、ようやく赤十字の創設者として再発見され、あちこちから援助なども受けられるようになり、ノーベル平和賞ももらえました。そして、ようやく平和や人道問題に関する活動に、再度、取り組み始めます。その後は日本でも注目されていますが、相変わらず、赤十字よりラディカルなデュナン。そして、債務はまだ残っていたとか。

著者によれば、デュナンには同時代に活躍したトルストイとの共通性があるそうです。さらに、二人の考え方の基本には、ルソーの人権思想があるという指摘も興味深い。著者は捕虜についての著作も多いので、大岡昇平へのインタビューを引用して、この部分を解説しています。

米軍が俘虜に自国の兵士と同じ被服と食料を与えたのは、必ずしも温情のみによるのではない。それはルソー以来の人権思想に基づく赤十字の精神というものである(『俘虜記』
ルソーあっての赤十字だよ。デュナンはたまたまマッチで火を付けた人といっていいんじゃないかな(大岡インタビュー)

日本だと、誰か人を評価するとき、人格が最優先で、業績は二の次が普通だったりします。例えば、「あの人は会社経営が下手で結局倒産したけど、社員にはやさしかった」的な。でも、その後の世の中を変えるような、新しくて大きなことをデキる人は、絶対に普通じゃない人

だから、「当時は迷惑だったけど、でも、今から思えばいいことしたよな」って評価の仕方もあっていいと思います。「家族にいたらいやだけど、高校時代の友人だったらいい」みたいな感じで。



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