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妄想が日本を動かす。『偽史冒険世界 カルト本の百年』長山靖生


あきれたことに、近代日本は妄想の固まりだったのだ。

著者の長山さんは歯科医。趣味の延長で、SF作家クラブの会員や明治社会史研究会の仲間、「幻想文学」関係者、『別冊宝島』執筆者、「と学会」のメンバーたちと、ありそうでなさそうなデマを回し、言葉の上だけの、架空の秘密結社をやっていたそうです。

ちなみに「と学会」というのは、「世間のトンデモ本やトンデモ物件を品評することを目的」とする日本の任意団体とのこと。

でも、そんな子供じみた面白い活動は、オウム真理教の事件でふっとんでしまいました。なぜなら、著者たちが冗談のネタにしていた、偽史運動や戦前作家の冒険小説の世界が、オウム真理教の信者たちの信じていた世界観そのものだったから。

長山さんによれば、偽史運動や戦前の冒険小説みたいな世界観は、いわば最も典型的な通俗の空想世界。そのご都合主義でロマンチックな空想は、現実的な苦悩や悲惨さを持たないがゆえに、大衆に広く受容されてきたのです。

でも、やたらに威勢がいい物語世界は、現実社会から疎外されていると感じている人々自分が社会で必要とされていないと感じている人たちを引きつけてしまったとのこと。

私たちは皆、心のどこかで本当の自分を求めている。この場合の「本当の自分」というのは「現実のあるがままの自分」とは別のもの。今の自分は十分に実力を発揮できなくて、世間から認められていないが、真の自分はもっと立派で純粋なのだ、という理想化。現実の自分を否定し、存在しない自分を「本当の自分」と考える。

著者が、そんな心性を「妄想」といいます。俗っぽくいうと「中二病」?

この本は2001年出版ですが、ネットの「なろう」小説で異世界転生ものが人気の現状は、誰の心にもそんな気持ちがあるだろうことはわかります。私も仕事で嫌なことがあると、小説の世界でエネルギーをチャージしますので。でも、空想は山程楽しんでも、現実とはどこかで区別する理性が大事なのかなと思います。

さて、明治以来の大衆小説を受け入れた人々は、そんな妄想を求め続けたと長山さんはいいます。あるがままの日本を否定し、本当の日本を求め、欧米への憧れや古代から続く日本人の心などという、今現在の自分が持っていないものへのロマンチックな眼差しを通して、世界と関わろうとしました。

理想を求めるのはいいことだが、理想どおりでなければ真実ではないと思ってしまう心性は、このうえなく危険です。こう指摘した上で、長山さんは近代日本の底流をささえてきた不思議な「近代伝説」の系譜を展開します。

ある時はホラ話として笑われ、またデマとして囁かれ、小説に登場し、果ては日本の政策決定にまで影響を与えてしまったものもあるという、奇説珍説の数々。まず、私が熟読したのは第一章の義経ジンギスカン伝説。ほかには、日本・ユダヤ同祖論、陰陰論、古史古伝などなど。

今から読むと、まさかの「妄想」を信じてしまった人たちの話。おもしろいけど、笑えない。こういう「妄想」にとりつかれた人たちのお話は今も繰り返しているし、小さな俗説、ニセ情報、デマは世の中にあふれているから。



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