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でたらめがまかりとおったら、こうなった。『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』斉藤光政


青森県五所川原市。ある農家の屋根裏から膨大な数の古文書が発見された。地元は新しい古代文明の存在に熱狂したが、1992年の訴訟をきっかけに、その真偽を問う一大論争が巻き起こった。本書は「東日流外三郡誌」をめぐる偽書事件を追ったルポルタージュ。

でっち上げた古文書を、お金で地方自治体に売って出版し、お墨付きを得て、またお金を稼ぐ。マスコミに持ち込んで、宣伝させて、さらにお金を得る。反論されると証言は二転三転。本当に信じられないし、許せない。

というか、冷静に考えれば絶対に本物じゃないはずなのに、なぜ人はそれを信じてしまうのか。すべてを東京や京都に持っていかれた東北の人たちのコンプレックス? 「そうだったらいいな」という地元の願望? それとも、単純に「おもしろい」から? 何も考えていないから?

残念だけど、嘘をついても平気な人はいる。自分たちを正当化するために、常に嘘をつき続け、他人を攻撃する人たち。偽物をつくって悪びれない人たちもいる。

もっと信じられないのは、自分が理解できない資料なのに、独占しようとする人たち。深く考察を加えることなく、業績を積み上げることを優先させる人。せっかく先人が残してくれた遺産を、利用できない人たちが独占してどうするんだろうか。

だからこそ、ちゃんとした仕事をする研究者が必要。かつては学会にそこそこの研究者がいて、それなりに権威があったときには「無視する」ことも有効だったかもしれないけれど、今はネットなりメディアで「白」といえば、「黒」でも「白」になってしまう。「読み物」が「歴史書」になってしまう。

業績にならなくても、建設的でなくても、社会的な影響を考えたら、偽物を否定し、事実を伝える仕事をする雑用係みたいな研究者が必要。最近、呉座先生が、いちいち文筆家の妄言に反論しているのも、そういうことなんだろうな。


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