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激変する社会と悩める若者たち『シン・中国人』斎藤淳子


日本では、世の中がすさまじく変わるという状況は、なかなか実感することができません。でも、中国は本当に「激変」。少し前、何年か連続して同じ場所へ同じ季節に出張することがあったのですが、行く度にどんどん町並みや人が変わっていくんです。中国の知人も「5年先のことなんかわからない」って言ってくたくらい。

でも、世界で一番変わりにくいのが「人間の頭の中」。激変する中国でもそれは同じ。例えば、毛沢東の時代、貧しかった日々を知っている70才や80才の老人たちは、その頃の価値観のままで今も生きています。彼らは、子供の結婚は親が決めるものだと思っているし、恋愛感情よりも生活環境の向上や現状維持を目指して、親の賛成する結婚相手を選ぶべきだと思っています。

一方で、新しい時代に生まれた30代、40代のたちは、新しい価値観で育っています。日本のアニメやマンガをみて育った彼らは、親をないがしろにするわけではないけれど、それでも結婚はお互いの相性が大事だとか、仕事も自分の好きなことを選ぶべきだとか思っています。

日本でいえば、戦前の古いドラマの中にしかないような価値観の親に対して、今どきの中国の若者は日本人に近い価値観を持っています。一人っ子なので親を見捨てるわけにはいかず、ジェネレーションギャップに悩まざるをえない辛い状況です。

これを考えると、ドラマ『家族の名において』の李パパはちょっと特殊なくらい理想のパパで、他の困ったパパやママたちが実は中国では普通なことがよくわかります(除:凌霄ママ)。

この本を書いた斎藤さんは、中国に住んでいますが、アメリカで修士号をとった方でもあります。学術的な資料の使い方をしっかり勉強されているので、現代中国のトピックなテーマについて、自分の周りの人たちへのインタビューだけじゃなく、ちゃんと社会調査にもとづいた論文をたくさん使って、資料を提示してくれているところが安心できます。

中国独特の、自由に移動できない戸籍制度。北京や上海みたいな大都市に人口を集中させないためのものですが、他所から来た人間に簡単に戸籍を与えないひどい決まりでもあります。大学進学も北京や上海生まれの人が有利。若者が地元の大学に進学しやすいようにした制度は、僻地の優秀な学生を排除したり、制限したりします。

運良く大都市に生まれても、「学区」という制限があるので、子供がどれだけ優秀でも、いい学校に通わせられるわけではありません。いい学区の家は凄まじく高いので、親は無理をしてでも借りたり購入したりして、子供を通わせようとします。塾や習い事など数多くこなすため、中国では大学入試まで恋愛はご法度。だから恋愛に不慣れで、離婚しやすく、社会問題にもなっています。

仮に都会での生活や大学進学はあきらめたとしても、今度は結婚難が待っています。一人っ子政策で生まれた、男女比のいびつさは女性の圧倒的な少なさを生み出し、若い人たちは都会に集まります。おかげで田舎では、男性が女性に払う結納金を、年収の3倍以内に納めろと政府が規制するほど深刻になっているそうです。

そういえば、少し前に見た映画『小さき麦の花』は結納金を払えない農夫が、病気持ちで子供が望めない女性をお嫁さんにもらう話でした。背景はなんとなく知っていたつもりでしたが、この本で具体的な数字を見ると、深刻さが違って見えてきます。

家族を持つこと、子供を育て、教育をつけることにべらぼうにコストがかかる中国。しかも、不動産は政府が社会をバブルで混乱させないために(?)意地でも下げません。若い人は自分では家を持てないのに、結婚するときには相手の家族から家や車といった条件をつきつけられ、それも親が準備しなければなりません。そりゃ、少子化になります。

驚くのは、これが最近10年くらいの変化だということ。日本でもその昔、結婚指輪のダイヤモンドが月給の3倍とかいって謎の定着しましたが(いまでもあるのかな?)、中国では不動産業界が結婚前の家購入を煽り、息子の結婚難を心配する親世代を焚き付けたのだとか。

親世代の古い価値観、経済発展する中国社会に入ってくる外国の価値観とそれを当たり前として育った子どもたちの世代、そして、そういうものの理不尽な積み重ねの果てに、頑張って勉強しても就職難で結婚に苦労する若者たちは日本の若者以上に繊細になっているとのこと。ジェネレーションギャップも、ここに極まれりって感じです。

普段、新聞や雑誌、ニュースで断片的に見聞きする現代中国事情が、これだけデータを添えてまとめてあると、読み応えたっぷりです。全部一度に読まなくても、興味のある部分からつまんで読んでも十分わかりやすい構成になっています。等身大の中国に興味のある方、おすすめです。


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