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「世界の工場」だった頃の中国のお話。『中国貧困絶望工場』アレクサンドラ・ハーニー


元フィナンシャル・タイムズの中国特派員が、「世界の工場」の中心部、中国広東省のいくつかの工場地帯に潜入して、世界の製造業を席巻している破格に安い「メイド・イン・チャイナ」製品の秘密を抉り出した衝撃のノンフィクション。

社会主義の国とは思えないほど、弱い立場の出稼ぎ労働者。多発する労働災害、夫が労災死して未亡人だらけになった寡婦村。アメリカの大手スーパー・ウォルマートなど、買いつけ側の厳しいチェックをかい潜って、違法操業を続ける搾取工場。塵肺による被害で、出稼ぎ労働者にガンが多発している内陸部のガン村などなど。

体当たりのリアルな取材で、中国の経済成長の現実が浮き彫りになります。もちろん、中国には中国なるの救いもあって、たとえば労働災害にあって手足が不自由になった労働者が、決して絶望せず、法律を勉強して仲間の訴訟の相談に乗り、勝訴を勝ち取った事例など、中国社会の新しい動きも描いています。 

中国広州の工場と、そこで働く人たちの(先進国から見れば)絶望的な状況と、それでもそこから這い上がる力を持つ人たちの努力、そして中国の法律や政府の側の問題に深く切り込んだ本は、本当に魅力的です。原題は「The China Price」で、セールスへの影響を考えた邦題とは違い、ちゃんと内容と一致しています。

映画『女工哀歌』が描くよりも、もっと深く、中国社会の複雑な問題を描いていて、すごく読み応えがありました。帰省の電車で往復14時間弱を、有意義な読書に使えました。

個人的に興味を持ったのは、成績優秀なのに家庭の事情で出稼ぎに出て事故に会い、そこから法律を勉強して専門家を目指し、労働者たちを教育するNPO設立に向けて動く若い世代の話。中国の社会問題に、様々な形でアプローチしてくる香港や欧米のNPO団体の存在。みんなバイタリティがあります。

自分は食うや食わずでも、子供のために出稼ぎで無理をした1990年代の第一世代と違って、2000年代の第二世代は、自分たちの権利もちゃんと主張できる違いがあるということも興味深いです。やっぱり教育は大事です。

ところで、この本は10年以上前の本。習近平がトップになってから、中国は日本を抜いて、アメリカに継ぐ経済大国になりました。そして、先進国の安い商品を請け負う工場は、中国から東南アジアに移っていきました。中国では、IT産業が発展して、社会がデジタル化して、いろんな抜け道がなくなって、外国人の取材もかなり難しくなってしまったようです。

経済発展してお金持ちになった、今の中国。もし、このハーニーさんみたいな人が取材したら、一体どんな本ができるのか。すごく興味があります。



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