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書かれた女学生と書く女学生の百年。『少女中国』濱田麻矢


アニメにも実写にもなった『ムーラン』(木蘭)。彼女は中華圏では戦う少女のアイコンだけれど、ヨーロッパに実在したジャンヌ・ダルクと違うのは、父親の変りに男装して従軍したことと、軍隊を抜けたあと同僚と結婚したこと。そういう意味では、シンデレラみたいなハッピーエンドです。

でも、この木蓮(ムーラン)のハッピーエンドは、男装して女性の枠を飛び出すけれど、最終的には結婚して伝統的な女性の役割に戻るもの。決して、女性の社会的規範を脅かすものではありません。

20世紀の中国女性たちの一部は、儒教の古い枠組みを超える西洋式の教育を受けます。彼女たちは新しい知識を得て、現実社会のムーラン以上の存在になろうとします。でも、世の中や男性たちは女性がムーランのように、知識を得たとしても、家庭に入って夫を支え、子供を生むことしか許しません。戦い、破れていく女性たち。

著者の濱田先生は、文学作品の中の女性たち、女性作家たちの戦いを、顕微鏡で拡大するように詳しくみせてくれます。例えば、日本の大正時代にあった『はいからさんが通る』の和服+袴+ブーツのような女学生スタイル。中国でいえば、それは青い旗袍(チャイナドレス風)のスタイルで、ショートカット。知的で、清楚で、女学校を出たとしても、いずれ良妻賢母として家庭を守る存在になることを期待されるのも日本と一緒。

そして、当時、新しい文化をつくった男性たちが、講演や本なんかでは「新しい時代は女性が自立すべき」とかいいながら、実際に結婚すると奥さんが家にいることを強要するのも日本と同じ。以前、『ヌードと愛国』で読んだ高村光太郎の奥さん精神DVっぷりにはゲンナリさせられましたが、まさかここで魯迅についても同じようなものを読むとは思いませんでした。

魯迅。中国史とか中国文学を知っている人、仙台の人にはおなじみで、別に中国に詳しくなくても、学校の教科書にも魯迅の小説が出てきたのを覚えている人がいると思います。中国の文豪。日本に留学して医者志望から作家志望になった人。古い中国を変えろと訴える文学作品を書いた人。

そんな魯迅も女子学生だった許広平と恋をしますが、世間体を気にして踏み切れません。(当時は10代前半で親同士が婚約者を決めたので、思春期に恋愛するとだいたい不倫になってしまいます)。女性の側の強い愛情に押し切られるように同居しますが、婚約者が亡くなるまで公にしません。

しかも、当時の女性として最高の教育を得ている彼女に対し、外に仕事に出ていかず、家にいて自分の仕事を補佐するよう求めます。魯迅と許広平の往復書簡は、魯迅が生きている間に出版されたものと、死後に出版されたもので編集のされ方が違うとか。魯迅よりも政治的な見識が上回っていた許広平なのに、その部分は削られて、魯迅の文章に補強されていたそうです。

生きている学問を求めるために、書籍を捨てて魯迅先生に教えを請いに行ったのだが、結局家庭と子供という瑣事のために摩滅してしまうことになった。女性は、この二つについて合理的な解決がなければ、一歩も足を踏み出すことができないのだ。

許広平「従女性的立場説❝新女性❞」

ほかにも、戦前に超売れっ子だった張恨水という男性作家の小説に登場する女性と、女性作家として有名になった張愛玲の作品の比較とか、台湾の女性が書いた日本語の文学作品などなど。どれも学術的だけど、読み物としてもおもしろい文章ばかり。読み応えありで、おすすめです。

『ムーラン』的設定を、現代日本的オリジナルでアレンジしたラノベはこちら。日本の作家さんの作品なので、楽しくて読みやすいです。


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