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お互いを思いやれる余裕が欲しい。映画『家族を想うとき』、イギリス、2019年。


学生時代から、夫がケン・ローチ大好きで、わりと一緒に見ています。というか、夫とつきあうきっかけになったのが映画です。たかが映画、されど映画。今みたいにレンタルビデオ屋さんも充実していないし、ましてアマゾンプライムもない時代。どんな映画も一緒につきあってくれる人は、かなり貴重でしたっけ。

とはいえ、やっぱり好みの問題があります。ケン・ローチの映画の主人公は、だいたい男性の労働者。イギリスの労働者階級の人。辛い状況の映画が多くて、少しだけ救いがあったり、みんなでチームを組んで勝利を勝ち取ったり。独特のカラーです。ケン・ローチ節というか。

私は、映画に楽しい気持ちを求めるので、ケン・ローチの映画は元気がないと見れないものが多いです。でも、一貫して社会の下層の人への視点がメインだし、ロンドンオリンピックでは開会式で「イギリスの昔の社会保障バンザイ!」を演出したり、ぶれない人なので好きです。

さて、以前は辛いなりにも救いがあったけど、今回の映画は救いがありません。主人公の男性はリストラされて、アマゾンみたいな流通の末端を請け負う配送業者。フランチャイズで、事業主扱いなので、ノルマがあって、時間に追われる仕事。なのに、事故があっても保証もなくて自己責任。

家族は家族で、思春期なので息子は世の中にも家族にも反発して、父親とはケンカばかり。奥さんも介護の仕事をしているけれど、やっぱりノルマに追われる生活で、子どもの面倒も家庭のこともできないし、なにより、請け負っている介護の仕事すら、ノルマに追われて充分やれない状況。

リストラ、契約社員、社会保障なし、介護保険の切りつめ、切り詰め。ちょっとでも雇い主の意向にそぐわないと契約違反。息子は万引して、前科がつくかどうかの瀬戸際。娘は精神的に不安定。家も仕事も地獄のようです。

主人公は、お金が必要になって車を売る。車がないと妻の仕事が困る。そして、夫婦で金の余裕がなくなれば、時間も余裕がなくなり、子どもたちも親の窮状に過敏に反応して、もっと追い詰められていく負のループ。最後はケガをしてまで、仕事のノルマを達成しようとする狂気の主人公。

画面全体から、社会保障を切り詰めて、労働者家族を追い詰める会社や企業を野放しにする政府への、ケン・ローチの怒りが伝わってくるような映画でした。かなり辛い映画ですが、こういうのもないと世の中ダメになってしまう気がします。

というか、ケン・ローチが安心して引退していられる世の中になるといいのですが、どうにもそうなっていないのが一番辛い……

邦題:家族を想うとき(英題:Sorry We Missed You)
監督:ケン・ローチ
主演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター
制作:イギリス、フランス、ベルギー(2019年)100分

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