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『出生時に割り当てられた性別』という用語は問題があり、非科学的である理由 (翻訳記事)

by  アラン・ソーカル、リチャード・ドーキンス
ボストン・グローブ紙 "The Boston Globe" (米)2024年4月8日掲載

社会的または政治的な大義のために事実を歪曲することは、それがどんなに正しい目的のものであっても、決して正当化されません。

米国医師会(AMA)は、「性別(sex)」——つまり男性(male)または女性(female)という語——が問題があり、時代遅れだと述べています今は「より正確な」表現である「出生時に割り当てられた性別( “sex assigned at birth”)」を、私たち全員が使用するべきだと言っています米国心理学会(APA)もこれに同意し、「出生時の性別("birth sex")」や「生来の性別("natal sex")」といった用語は「軽蔑的な」もので、誤解を招くような形で「性別(sex)が不変の特性であることを示唆している」と述べています
米国小児科学会(AAP)もこの考えに賛同しており、「性別(sex)」は「出生時になされる割り当て」だと宣言しています。そして今や、米国疾病予防管理センター(CDC)も、「生物学的に男性/女性」や「遺伝的に男性/女性」という言い方の代わりに「出生時に男性/女性として割り当てられた」または「出生時に男性/女性として指定された(designated)」と言うよう私たちに促しています。

唱道者たちは、この語彙の改訂を科学的根拠と言われるものに基づき、また、男性(male)と女性(female)の伝統的な用語法が「包括性」と「公正さ」を損なうためという理由で正当化しています。しかし、これらの正当化は説得力がありません。そして、医療組織のニュースピーク(newspeak)は、単純な科学的事実を認識できないほどに歪曲させています。

ほぼすべての動物、および多くの植物が有性生殖を行います。有性生殖を行うすべての種において、これは大きな配偶子(卵子または卵と呼ばれる)と小さな配偶子(精子と呼ばれる)を組み合わせることで行われます。一部の雌雄同体の植物や動物は卵子と精子の両方を生産しますが、両方を生産する哺乳類の種は存在しません。哺乳類では、各個体は一種類の配偶子のみを生産します。(比較的少数の)卵子を生産する個体は雌(female)と呼ばれ、(大量の)精子を生産する個体は雄(male)と呼ばれます。哺乳類の胚が雄または雌に発達するかは、性染色体のペアによって決定されます:
雌(female)はXX、雄(male)はXYです。

簡潔に言えば、すべての動物における性別(sex)は配偶子の大きさによって定義され、すべての哺乳類における性別(sex)は性染色体によって決定され、そして性別(sex)は2つであり、ただ2つしかありません:
つまり、雄(male)と雌(female)です。

もちろん、これは全く新しい情報ではありません:これらは1世紀以上前から知られており、一応まともな高校の生物学の授業で扱う基本的な内容です。確かに、突然変異や出生前の発達の特異性により、一部の個体は生存可能な配偶子を全く生成できない場合があります。しかし、Y染色体を持つ不妊の個体は依然として雄であり、それはちょうど片足の人間が私達の二足歩行種の完全なメンバーであり続けるのと同じです。

XXとXY以外の染色体パターンを持って生まれる人間がごくわずかにいるという事実が、しばしば誤ってもっともらしく強調されます。
最も一般的なクラインフェルター症候群(XXY染色体)は、出生の約0.1%程度で発生します。これらの個体は解剖学的に男性ですが、しばしば不妊です。ドラ・シャペル(De la Chapelle)症候群(0.003%)や、スワイヤー症候群(0.0005%)などの非常にまれな状態は、おそらく標準的な男(male)/女(female)の分類から外れてしまうでしょう。それでもなお、性別(sex)の相違は、生物学において見られる他のどの区別と比べても、極めて明確に二元的(バイナリ)です。


AI illustration:  Aldona (iStock)

ではここから考えると、「出生時に割り当てられた性別("sex assigned at birth")」に関する医療団体の主張はどうなるでしょうか?

赤ちゃんの名前は出生時に割り当てられます。これは誰も疑いません。しかし、赤ちゃんの性別(sex)は「割り当て」られるのではなく、受胎時に決定され、その後出生時に観察されます。まず外性器の検査によって、そしてもし疑わしい場合は染色体分析によって観察されます。もちろん、どんな観察にも誤りがある可能性があり、まれに出生証明書に記載された性別が不正確で、後に修正が必要になることがあります。しかし、観察の誤りやすさ(誤りがあり得るという性質)は、観察されるもの——人間の性別——が、「割り当て」られるものではなく、血液型や指紋のパターンと同じように客観的な生物学的現実であるという事実を変えません。医療団体の表明する見解は、社会構築主義が暴走した結果です。

性別(sex)は人類という種の根源的な特徴です。心理学、社会学、公共政策における重要な変数です。世界中で、殺人の大多数は男性によるものです。女性は男性よりもはるかにシングル・ペアレントになる可能性が高いです。これらの区別は絶対的ではなく統計的なものですが、とても重要です。
性別(sex)について率直に話し、書くことができなければ、私たちの公共の議論は貧弱になり、歪められます。そして、この損失が最も明確なのは医療の分野です。

何十年もの間、フェミニストたちは医学的診断と治療における性別という変数の無視、そして女性の身体が男性の身体と同じように反応・作用するという暗黙の前提に抗議してきました。2年前、権威ある医学誌『ランセット』がついにこの批判を認めましたが、しかし編集者たちは明らかに「女性」という言葉を使うことができませんでした。その代わりに、雑誌の表紙には「歴史的に見て、膣を持つ身体の解剖学と生理学は無視されてきた」と説明されました。しかし今や、この両刃とも見える譲歩さえも失われる可能性があります。生物学的性別(biological sex)の否定が将来の医師たちの訓練を弱体化させる恐れがあるからです。

医療機関が生物学的現実について正直に語ることをこのような新しい現象として躊躇しているのは、おそらくトランスジェンダーの人々の人権を守りたいという称賛に値する願望から来ているのでしょう。しかし、目標は賞賛に値するものの、選択された方法は誤っています。トランスジェンダーの人々を差別やハラスメントから守るために、性別(sex)がただ単に「割り当てられた」ものだと装う必要はありません。

社会的または政治的な大義のために事実を歪めることは、それがどんなに正しい目的のものであっても、決して正当化はされません。もし大義が本当に正当なものであれば、現実世界についての事実を完全に受け入れた上でそれを擁護することができるはずです。

そして、科学を自称する組織が社会的大義のために科学的事実を歪めるとき、その組織自身の信頼性だけでなく、科学全般の信頼性も損なわれます。もし医療機関が性別(sex)のような単純なことについて、このように明らかにあからさまに事実を誤って述べるのを見るとき、ワクチンのような他の論争的な問題 ——医学的コンセンサスが実際に正しい問題—— についての医療機関の声明を、一般公衆の人々がどうして信頼できるでしょうか?

記事の原著者について:
アラン・ソーカル(Alan Sokal):ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授(数学)、ニューヨーク大学名誉教授(物理学)。『「知」の欺瞞:ポストモダン思想における科学の濫用』(ジャン・ブリクモンとの共著/岩波書店)および "Beyond The Hoax: Science, Philosophy and Culture"
 の著者。

リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins):オックスフォード大学 公衆の科学理解の名誉教授。『利己的な遺伝子』や『祖先の物語/ドーキンスの生命史』(小学館)を含む17冊の本の著者。

原文(ボストン・グローブ紙 "The Boston Globe")2024年4月8日:
(※ オンライン版より)
https://www.bostonglobe.com/2024/04/08/opinion/sex-gender-medical-terms/

アーカイブ版:https://archive.is/dO62R

日本語訳:kamalan07(校閲他:&日文越境列車考究小組)
※ もし誤訳やお気づきの点などあればお知らせいただきましたら幸いです。
(誤訳やミス、不明点などに関して翻訳の文責は原記事の著者にはなく、全て訳者にあります)

AI photo:  anusorn nakdee (iStock)


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