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『関心領域』にみる、良心の呵責

アウシュヴィッツ収容所と壁ひとつ隔てた隣に暮らす一組の家族がいた。 所長を任された親衛隊中佐ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)一家だ。 穏やかで幸せな日常を描きながら、聞こえくる銃声や怒声が収容所のおぞましい実態を浮かび上がらせていく―。 大戦中とは俄かに信じられない豪邸に、使用人を雇い、愛する子どもたちと何不自由なく暮らすヘス家族。 優雅な日常を描くなかに幾度となく鳴り響くのは、お隣が奏でる恐ろしい騒音。 それでもあえて聴くまいとすれば不穏な音はかき消えてつつが

    • 『ライド・オン』にみる、香港映画の終焉再び

      いつからだろう、ジャッキー・チェン氏の作品を追わなくなって久しい。 反日発言がどうとか言われるずっと以前、ハリウッド映画に出始めた頃だったろう。 中学生の当時、ひとり劇場で新作を観るほどにはカンフー映画が好きだった。家 族旅行で香港へ行けば誰よりも興奮した。 それさえ今は昔、古希を迎える大スターによる懐かしいアクションと聞いて、本当に久しぶりに劇場へ足を運ぶ。 先日の『無名』もそう、偏愛していたむかしの香港映画はもう作られない。 ジャッキー氏といえども、過去の栄光となったア

      • まるで耽美な映画、『聖なる春』

        古い土蔵のなかで、世紀末ウィーンの画家クリムトの贋絵を描いて暮らす「私」を時折訪ねてくる不思議な女キキ。 そのキキが描く肖像画には秘密があり、やがてひとつの「事件」が...。 美しく物悲しい、贋作画家の恋と死。 1996年刊行。タイトルは分離派の機関誌『ヴェル・サクルム(ラテン語で「聖なる春」)』による。 久世光彦さんの美文についていつか書いたそのままに、耽美で知的にエロく、映画のように情景が浮かび上がってくる。この方の本はいつでもそう、だから愛おしく狂おしい。 仲間

        • また、本が残った

           この春、4年間お世話になった古書店を後にしました。 最後のさいごになってみれば、どうして辞めるのか、辞められてしまうのか、互いにわからなくなるのでした。 ただ、どうしても言わずにいられない言葉を残して去るほうを選んでしまったのは、義侠心のようなものに抗えない場面での出来事で、信義を守ってしたことだから後ろ髪引かれても戻れない。 雇い止めという形で先輩が去り、同僚が去り、わたしだけ何も変わらなかった。 古書好きのただの主婦を買いかぶってくれたのはむしろありがたいことだったか

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        『関心領域』にみる、良心の呵責

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          『悪は存在しない』にみる、自然界隈

          長野県、水挽町。自然豊かな小さな町に、突然持ち上がったグランピング場開発計画を巡って揺れる住民たちと、彼らと対立する形となってしまった会社側担当者が織りなす人間模様を綴る― 濱口竜也監督最新作は観る側の意識を試す、説明のいらない軋轢の行く先を描く。 外部から来た異分子を悪と決めつけて眺めるうち、内部に潜むもっと歪んだ黒い正体を突きつけられて広い荒野へ投げだされるよう。 主人公父娘の素朴な暮らしをはじめ、住民たちの生活は正しく、うつくしいといえるか。心もとなく画面を見つる

          『悪は存在しない』にみる、自然界隈

          『ベイビーわるきゅーれ』にみる、ジャパニーズ・フィルム・のわーる

           今秋、第3弾となる『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の公開が控えている、記念すべき第1作目。 プロの殺し屋の女子高生コンビが、卒業を機に同居、社会に馴染むため”表の顔”を演じて悪戦苦闘する青春の日々を、迫力のアクションとともに描く― くー。おもしろい。すごく好き。 緩緩なちさと(髙石あかり)×まひろ(伊澤彩織)のコンビが、アクションシーンではキレッキレの殺し屋になるギャップ萌え。 ふたりの女子ぽい会話劇と、部屋でのだらけた暮らしぶりが最高。 ヤクザに追われ一巻の終

          『ベイビーわるきゅーれ』にみる、ジャパニーズ・フィルム・のわーる

          愛情地理学的パリ、『パリはわが町』

          2016年刊行の翌年、98歳で大往生を遂げられた、ロジェ・グルニエ氏による極私的断章集。 もはや断章というより断片になりつつある回想が、ふと大戦中、占領軍からパリを解放するにいたるレジスタンス活動の記録では脈打つように生き生きとしてくる。 当時を目撃した生々しいレポートは文化財のように貴重なものにかんじられる。 そうしていつものように記憶のなかのカミュ、ジッド、サルトル、ジュネ、バタイユ、フォークナー、ヘミングウェイ、カルペンティエル...あまた贅沢な名を次々語っても、

          愛情地理学的パリ、『パリはわが町』

          数多、映画の原作『不思議の森のアリス』

          評論家で翻訳家の仁賀克雄氏による<ダーク・ファンタジー・コレクション>第2弾。 フィリップ・K・ディックの『人間狩り』にはじまり、論創社より全10巻刊行されているシリーズ。 仁賀氏は存じ上げず、ただ収録の短編「血の末裔」を探していて見つけた一冊。 いつか高原英理さんの『ゴシックハート』のなかで、”憧れとしての怪奇をよく描いている小説”として紹介されていた。 自分のなかのゴシックハートを試してみたいとメモしたのだ、たぶん。 結果”感動”はしなかった、けれども長短16作品のなか

          数多、映画の原作『不思議の森のアリス』

          『フェイブルマンズ』にみる、映画への愛

          なかなか食指の動かなかった自伝作にあっさりと惹き込まれていく。 ユダヤ系である以外、生い立ちを知らずに監督作を眺めてきたけれど、ヘンタイ域といってよいエンタメの神様は予想通り少年時代から変わっていた。それが個性的な両親の板挟みによる影響であるとわかれたのはなによりの収穫。 父と母と、家族同然に付き合う友人ベニー(セス・ローゲン)らの、往年を感じさせる豊かな演技が作品全体の魅力を大きく底上げしていく。 特に母役ミシェル・ウィリアムズの魅力は特筆ものだとおもう。 友人ベニーへ

          『フェイブルマンズ』にみる、映画への愛

          『汚れた血』にみる、小爆発

          先日、古書店に来たお客さんと映画談議をした。 仕事とか忘れて話が止まらなくなってあとで反省するのだけれど、さいごのほうで監督の話題になったとき、レオス・カラックスが一等好きだとその人はいった。 そうして慌てるようにして、先日『アネット』を観たのだ。 俄然監督作品を観直したくなってしまった。 近未来らしからぬ舞台設定。お飾の奇病に仄かな色どりを添えられたSF的フィルム・ノワール。 アートで鮮烈な画面と、疾走シーンの躍動感が半端じゃない。 こんなにもすてきな映画だったとは。

          『汚れた血』にみる、小爆発

          『辰巳』にみる、引き留める心

          これ、すごくよかった。 三十歳半ばにして、よくぞこれほど昭和チックな顔面のヤクザ役をキャスティングしてきたものだと、感心しきりの小路紘史監督、長編第2作。 くそ生意気な葵におなじようにイラつきながら、真っすぐな彼女をどうしても放っておけなくなる辰巳の気持ちが痛いほど伝わる。 それは葵役の森田想さんが魅力的だからにほかならない。 何度もコワイ男たちに喧嘩を吹っかけては唾をひっかけるのだが、持論、裸になるくらい唾を吐く演技はむずかしい。 こっちがビクビクするほど啖呵を切

          『辰巳』にみる、引き留める心

          『無名』にみる、”映画の自由”の終わりの始まり

          楽しみにしていたトニー・レオン氏最新作は中国製スパイ・ノワール。 純粋なエンタテイメントとはちょっといえない赤に染まった観ある、かなしい出来映え。 このままいずれ香港映画界は中国に飲み込まれてしまうのだろう。それはなんて寂しいことだろう。 中国共産党、国民党、日本軍の名もなきスパイたちが己の信念をかけ敵味方なく欺き合う姿を描く。 日本からは森博之氏が上海駐在の日本将校役を演じる。”満州に夢を抱く石原派”といわれてもピンとこないのが悲しいが、三者の関係を主要に据えた大切

          『無名』にみる、”映画の自由”の終わりの始まり

          豪華絢爛『プロスペーローの本』にみる、ピーター・グリーナウェイの偏執

           ”ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ”と題したリバイバル上映が、ここ札幌にもやってきた。 どれも未見の4作品のなか、ずっと気になっていた『ZOO』観られず。 『プロスペローの本』に足を運ぶ。 シェイクスピアの『テンペスト』さえ知らず、簡単なあらすじを頭に入れて、あとは映像の偏執的狂気をたのしみに。 手作り感たっぷり、流動的な画面に繰り広げられる、舞台劇の閉塞を逆手に取った絢爛豪華なショウ。 ワダエミの手になるゴージャスな衣装に、マイケル・ナイマンの贅沢な音楽、た

          豪華絢爛『プロスペーローの本』にみる、ピーター・グリーナウェイの偏執

          『ノマドランド』にみる、現代(いま)を生きる答え

          この感慨はなにかに似ている。 ずいぶん前に観て動揺を覚えた『イントゥ・ザ・ワイルド』だ。ジョン・クラカワーの原作『荒野へ』もすばらしかった。 原作はジェシカ・ブルーダーの世界的ベストセラー・ノンフィクション『ノマド:漂流する高齢労働者たち』。 『スリー・ビルボード』の好演が印象深い、主演のフランシス・マクドーマンド氏に圧倒される。 最愛の夫を亡くし、家を手放し、キャンピングカーでノマド生活を送りはじめた彼女は、けっして恵まれても、心から幸せそうにも見えない。旅暮らしは苦労

          『ノマドランド』にみる、現代(いま)を生きる答え

          整形した殺人鬼が、『夜歩く』

           初めて読むディクスン・カー(1906~1977)で、記念すべき処女作。 『It Walks by Night』1930年刊行。 翻訳によって随分印象の違うらしい本作。最新のものでも読みにくさを指摘されたりしているようだ。 こちらは半世紀前の創元推理文庫版、井上一夫訳。 評価はしらないが、読みにくいことはなくたまにクスッと笑う。 仄かな怪奇趣味と、おもわせぶりの人狼と、密室殺人トリックの甘さ、それら含めて時を経たいまも楽しい。ミステリに疎いからこそ緩さがよい。 名探偵アン

          整形した殺人鬼が、『夜歩く』

          『アネット』にみる、滾り

          鬼才レオス・カラックス作品をこれほどすんなり好きとおもえたことに驚く。 もちろん主演のアダム・ドライヴァーとマリオン・コティヤールの魅力が大きく、初期のあまりにフランス的なところの最早ない、ロック・オペラ・ミュージカルは適度にファンキーにダークでたのしい。 挑発的なスタンダップ・コメディアン、ヘンリー(ドライヴァー)は、国際的に有名なオペラ歌手アン(コティヤール)と情熱的な恋に落ち、世間の大いなる注目を集める。やがて2人の間にミステリアスな娘アネットが誕生し、アンとヘンリ

          『アネット』にみる、滾り