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『辰巳』にみる、引き留める心

裏社会に生きる孤独な辰巳(遠藤雄弥)は、ある日、元恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇し、その場にいた京子の妹・葵(森田想)と現場から逃げだす。最愛の姉を失い、犯人に復讐を誓う葵に振り回されながらも、彼女を助けようと辰巳は事件の真相に迫っていくのだった―

これ、すごくよかった。

三十歳半ばにして、よくぞこれほど昭和チックな顔面のヤクザ役をキャスティングしてきたものだと、感心しきりの小路紘史監督、長編第2作。

くそ生意気な葵におなじようにイラつきながら、真っすぐな彼女をどうしても放っておけなくなる辰巳の気持ちが痛いほど伝わる。

それは葵役の森田想さんが魅力的だからにほかならない。

何度もコワイ男たちに喧嘩を吹っかけては唾をひっかけるのだが、持論、裸になるくらい唾を吐く演技はむずかしい。

こっちがビクビクするほど啖呵を切る好戦的な彼女の復讐劇と、心からの涙をいつの間にかすんなり受け入れられた時、辰巳が命がけで守ったその命のきらめきに胸がじんわりと熱くなっていた。
それは想定外の感情だった。

辰巳役の遠藤雄弥氏があまりに男ぶり良すぎて、もっとずーっと見ていたいとおもった。
エンドロールが流れたときの喪失感が半端なかった。
どうか生きていて欲しいと、映画のなかの人物に感情移入しまくりになるのはなかなかないことなのだ。

たしかにそこに”いた”と感じる辰巳と葵の刹那の出会いが忘れられない余韻をのこす。

名の知られた俳優を使わず、低予算で撮りあげた本編は2019年にクランクインしていたというから驚き。
感染症の数年を経て、追加撮影を加えてようやく完成したジャパニーズ・フィルム・ノワールは声を大にしてすすめたくなるような好編だった。

(監督=プロデューサー=脚本=編集 小路紘史/108分)

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