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『関心領域』にみる、良心の呵責

アウシュヴィッツ収容所と壁ひとつ隔てた隣に暮らす一組の家族がいた。
所長を任された親衛隊中佐ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)一家だ。
穏やかで幸せな日常を描きながら、聞こえくる銃声や怒声が収容所のおぞましい実態を浮かび上がらせていく―。

大戦中とは俄かに信じられない豪邸に、使用人を雇い、愛する子どもたちと何不自由なく暮らすヘス家族。
優雅な日常を描くなかに幾度となく鳴り響くのは、お隣が奏でる恐ろしい騒音。
それでもあえて聴くまいとすれば不穏な音はかき消えてつつがない生活を続けていける、、はずだった。

化けの皮が剝がれていく、止まらない不幸の連鎖は捻りなくストレートに描かれていく。

家族で水浴びをした川に大量の灰が流れ込み、多感な娘は夜眠られず、遠くからやってきた祖母は耐えきれず忽然と去ってしまう。
突然転属を命じらた夫ルドルフに、ハリボテの幸せを壊す恐怖に囚われた妻は取り繕いもせずキレ、一家はバラバラ。

家の窓から見える真っ赤に燃え盛る炎が恐ろしい。
立ち昇る煙、塀の中の銃声、叫び声、悲惨な光景が瞼に浮かびあがらないわけがない。
そのおぞましさを最大限に表したのが人声による場面場面の効果音だ。
ラストでドキュメンタリー映像に切り替わり、いまのアウシュヴィッツ平和博物館を映し出すに至って、大音響で流されるそれは恐ろしい。
宮崎アニメ『風立ちぬ』の関東大震災場面から着想を得たのかもしれないが、まさに阿鼻叫喚。

倫理観を失った凄まじい妻を演じたザンドラ・ヒュラーが絶好に似合っていた。
記憶に新しい『落下の解剖学』もそう、ヒリヒリするイヤな役を見事に演じきってしまう人。
かたや、ひとりアウシュヴィッツを離れた夫ヘスは、もはや精神状態に耐えきれず嘔吐する。まるでロカンタンのように。
人前で平静を装い、地位はあっても虚しい、ナチスドイツの歯車が催した嘔吐はやや諧謔的でこの際限りなく人間的ではあった。

ルドルフ・フランツ・フェルディナント・ヘスは1947年4月、ポーランド最高人民裁判所より死刑を宣告、その2週間後、彼が大量のユダヤ人を虐殺したアウシュヴィッツの地で絞首刑に処せられたそうだ。

(監督 ジョナサン・グレイザー / アメリカ=イギリス=ポーランド Color 106分)

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