ウエクミ対談シリーズ:竹中香子&太田信吾【前編】観た後に感想が止まらない!
オペラを初めて演出した上田久美子が、東京公演を観劇した様々なジャンルで活躍する知人・友人の感想を聞きながら語り合う対談シリーズ。二番バッターは、プロデューサー・俳優の竹中香子さんと、映画監督・俳優の太田信吾さんです。ご自身のオペラ経験のお話から、パフォーマー目線での感想や字幕の投影方法について、そして後編では上田久美子が仕込んだあのシーンを本人自ら解説する場面も!?ネタバレ注意です!(笑)
全ての観客が色々言えるのがいい!
上田:まず香子さんから伺いたいんですが、オペラってこれまでにも?
竹中:私がフランスに住み始めた当時、オペラ歌手とルームシェアしていて。
上田:へー!
竹中:その人に連れられてけっこう見に行きました。ヨーロッパだとお金がなくても学生席とか1500円とかの席があるんですよ、普段着で当日券に並んで。初めて連れて行かれた時が『トリスタンとイゾルデ』だったんですけど、衣裳がジーパンで、途中でみんな上半身裸になる演出で、今回の上田さんのオペラを見てその時のことを思い出しましたね。それまで私もオペラって畏れ多い、限られた人の見るものと思っていたんですけど、初めて見たそのオペラは衣裳も仰々しいものでなく、思ったことをあれこれ感想を言い合えるような雰囲気で、それ以降私もフランスでオペラを見るようになって。今回、その時のことを思い出したんです。
上田:なるほど
竹中:オペラって、与えられた難しいものをこちらがただ受け取るというか、お勉強させてもらうみたいになりがちだけど、今回、関西弁だったり大衆演劇の演出があって、トイレの列でおばあさま方が大衆演劇の話で盛り上がっていたりしてて、自分たちもこれについてしゃべれる、しゃべっていいんだみたいなところが、私的には一番グッと来たポイントです。
上田:ああ〜確かに!本当にクラシカルに演出しているものって、初心者はただ頑張って理解、みたいな、詳しくないと下手なこと言ったら間違えてると言われそうな感じがあるかも。
竹中:そう、あの演出だとざっくばらんに「やっぱ男と女って…」とか「恋愛ってさ」なんて、オペラが実は扱っている自分たちの問題に気付いてしゃべれる。ジェンダーの問題も、今回の二作品ははらんでいますよね。でも古いオペラだと思うとそういうものなんだって流してしまいがちだけど、今回の演出だと『田舎騎士道』なんか、「なんで女が男に縛られないといけないわけ?そんな男捨てたらいいのに」とか腹が立ってきたり、自分に関係あることとして色々言える。
上田:観客が色々言えるかどうか、か…その観点は初めてかも。東京では友達の中学生の娘さんも見に来てくれて、興奮のあまり夜よく寝れなかったって言ってました(笑)愛知はジューダイシートっていって10代の人は千円で入れるんです。ちなみに、このオペラシリーズはオペラを普段見たことのない人や地方でもオペラを見てもらおうという目的があって、ヨーロッパ以上にチケットも手頃なんです。
制約の中でこそ爆発するエモーション
竹中: あとあのテノールのパロンビさんがすごかった。これはパフォーマー目線なんですけど、スキル(技術)とエモーション(感情)のバランスが絶妙で。これが演劇の俳優だと、エモーション優先になってしまって、自分の中で「ああ今日ゾーン入ってる」みたいに満足したあげく演出家に「今日はそんなに良くなかった」って言われたりとか。
上田:ありますね(笑)
竹中:すごい私の席、近かったんですよ。パロンビさんが最後に柴田紗貴子さん演じるヒロインを殺しながら歌う時に。スキルの上にエモーションが成り立つってこういうことなんだなって本当にわかったっていうか。ほんっとうに勉強になりましたね。スキルを磨いた上にあるエモーションってこんなに説得力があるんだって。
上田:演じてて気持ちいいってところに行かずに、肉体のコントロールを完璧にやってから芸術性が成り立つっていう。
竹中:そう、だから歌舞伎の型みたいな感じで、抑制されている中だからこそ、最終的にエモーションがバッ!と出てくるみたいな、制限された型の中だからこその強さみたいなのがすごくて。俳優の人たちに見てほしいなって思いました。
太田:ダンサーたちにもそういう面が?
竹中:それはもちろんですが、ダンサーがスキルと感情のバランスをとって演じているのは今までにも見たことがあって。でも歌手が、メロディという枷の中でエモーションを動かしていくのをこんなに鮮明に見たことはないかも。メロディは、俳優にとってはテキストだと思うんですけど、俳優も言いたいようにセリフをしゃべってるんじゃないわけで、でもそこにもっと縛られることによって自分一人では行けない境地に行けるんじゃないかな、と思って、あの人を見て泣きそうになった。
上田:制限された型の中の強さ…これは本当に演劇に通じますね。パロンビさんは稽古期間中、本番が近づいて本気で歌えば歌うほど体の力が抜けて行って、殺しの場面でヒロインに掴みかかる手に、明らかに力が入ってないんです。それで、私から見ると非リアルな動きだから、「いやここはもっと、カニオでなくアントネッロが紗貴子を殺してしまうような本物の気持ちに見えたい」と言ったら、「まさにそう思ってやってる、これ以上何ができる?」と聞き返されて。歌うための芯を体幹に通すのがうまくいくほど、四肢は脱力するものらしく。「まあそれでも自分にできるベストはやってみるけど」と初日を迎え、実際に舞台を見たら、動きは依然として脱力で非リアル、歌舞伎みたいな様式だったのに、でもなんか本物だったんですよ。こっちも見てて本当ギョッ!としたというか、鬼気迫る感じを受けたんです。
竹中:本当怖かった!
上田:共演者の人が、「すごい…目が怖かった…目があったら本当怖かった」って後で皆言ってて。いや、面白かった。私は、体に力を入れないと人を殺すようにはどうせ見えないよって思っていたけど、歌という型に託して、リアルを超える何かがあるんだなって。オペラの本質を垣間見れた気がしました。
竹中:あれは本当に見る価値ありですよ。あれを日本で見れるのは…。
排他性のないオペラ…それは冬の露天風呂!?
上田:太田さんは、叔母さまがオペラ歌手なんですよね?
太田:小さい時から親に連れられて行ったりしてましたけど、僕にとってオペラって緊張の場だったなと。オペラの劇場空間の緊迫感というか張り詰めた空気にいたたまれなさを覚え、緊張感のある場でうまく振る舞える人しかその空間にいられないという排他性のようなものを感じるようになって、そこから苦手意識を感じてオペラを全然見なくなって。今回、オペラと呼ばれるものを十数年ぶりに見たんですけど、上田さんの字幕のプロジェクションが緊張した空間に弛緩状態を生んでて、緊張と弛緩が同時にあるというのが、極寒の空気の中であったかい温泉に浸かるみたいな…なんかこう…
上田:!?(苦笑)
竹中:上田さんバージョンの関西弁が、投影のしかたもYouTubeっぽかったよね。字幕って普通は上にあったりするじゃないですか。でも今回、インスタとかYouTubeの、言ってることをあえて文字でも映すみたいな、普段私たちが見慣れてる字幕の出し方に似てて、ポップでした。
太田:そう、体感的で、言葉のセンスもすごくあるなと。親近感を持ってその空間に入り込める。オペラの可能性を広げるというか、魅力をわからない人に伝えていくという狙いに、僕はまんまと引っかかった…
上田:(笑)十何年ぶりのオペラで。
太田:役名の翻訳とかも。
竹中:そう!外国語の名前が、思ってた以上に自分たちの枷になってたってわかった!今回はサントゥッツァが聖子とか、日本の名前になって一気に物語がわかったっていうか…実は外国語の名前が覚えられてなかったから入り込めてなかったんじゃないかって(笑)
上田:(笑)そこなんだ!?ふっふっふ、面白いですね、ありがとうございます。
公演情報
愛知公演【3月3日/3月5日】