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夏ピリカグランプリ入賞作品

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2022年・夏ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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記事一覧

刺したのは私【ショートショート/夏ピリカグランプリ】

ただの気のせいだなんて、どうしたって思えない。 バス停からずっと誰かに後を尾けられている気がしてならない。 こちらが少し速く進めば足音もそれに続き、緩めるとそれに倣う。思い切って止まり、後ろを振り返る勇気などあるはずもなく、かと言って急に猛ダッシュでもしようものなら、それをきっかけに最悪の事態にならないとも限らない。 少し遠回りにはなるけれど、これはもうあそこを通るしかないと思い立つ。 そもそもあの場所は、本当はあまり好きではない。人と人がぎりぎりすれ違えるくらいの狭いトン

ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

「ルージュの伝言って知ってる?」 さっきまで全然違う話で笑っていたウタが、唐突に言った。 「松任谷由実の?」 「それ。彼の家で実際やってきた」 ウタは、ふふと笑いながら冷めたコーヒーを啜ると 「これでお別れ、スッキリ!」 そう言って両手のひらを合わせて、幸せ!みたいな顔をした。 「え、何、ケンカ?ケーヤンと?」 「ケーヤン、ふふ」 「中学からずっとそう呼んでるから!それより、ルージュの伝言って?」 「バスルームに、まぁ洗面所の鏡だけど、口紅で伝言をね、さよならって書いて

【小説】暮れ鏡

 父は愛人の家で死んだ。  僕は狼狽する女から電話を受けた後、その事実をひた隠そうと雨の中を奔走し、群がるマスコミどもを欺いた。残された一族のため、そして何より母の名誉を守るために、許しがたい父を最後に助けた。  長男の家で死んだと。妻も黙って協力してくれた。  時代が今であれば、とても隠しておくことなど出来なかった。  あれから二十年の時が流れ、一族はかつての輝きを失いつつあるが、悲しいかな、僕は未だに七光りと言われるほど、不本意に父の余光を集めてしまっている。 「お父

【小説】オッサン

第74回オッサン選手権でグランプリを獲った小和田さんと日帰り旅行に行く事になった。 小和田さんと初めて出会ったのは、第69回オッサン選手権の時だった。初めての大会で、オロオロしていた俺に声をかけてくれたのが小和田さんだ。声をかけたのは、昔飼っていたミドリガメに似ていたからだとか。 オッサン選手権の出場条件は、35歳から59歳の男性である事。加齢臭部門、ダジャレ部門、おしぼり部門、バーコード部門、哀愁部門と、5つの部門に分かれて審査が行われる。なかでも加齢臭部門は審査が厳し

ちがうふたり、

 「とりさんだ!」  街中の入り乱れた電線に留まっていると、ふと下から声がする。俺たちを指差して少女は嬉しそうに笑った。俺たちと同じ奴らなんてどこにだっているんだぜ。こんなの珍しくもない姿だろうに。  「おげんきですか」  俺らが話せないともわからず話しかけてくるのだろうか。普段は人間の言葉なんて雑音にしか思っていなかったが、キラキラな眼を余計に輝かせている気持ちに応えたくなった。気まぐれなんだ。俺だけじゃないぜ。鳥ってやつはみんなさ。俺は大きく羽根を広げる。どうだ。こ

鏡の国の父 【#夏ピリカ:つる・るるる賞受賞】

「あ」 ひっそりと呟いた声を聞き咎めたのか、リーダーの佐原が、郁美を振り返った。 「三上さん、どうかしたの」 「あ、いえ、父が・・・」 「お父様――」 軽く眉をひそめている。 説明しなければ、と思い、郁美はあわてて言った。 「あそこに立っているの、私の父なんです」 「え、でも、あなたのお父様って」 「はい、そうなんです。また、出てきてしまって。すぐ帰るように、言ってきます、大丈夫です」 「大丈夫って、どうするの」 「はい、鏡がありますから。となりの紳士服売場の鏡を動かせば、何

【SS】鏡の国の亜里沙(840文字)

物心がついたときから、私は鏡の国の住人だった。 私は亜里沙の写し鏡。 現実世界の亜里沙が笑えばそれに合わせて笑い、怒っていれば顔を顰めてみせた。彼女の姿を映すこと。これが私の生まれた意味だ。 幼い時から彼女を見守ってきたからか、私は彼女が愛おしくて仕方がない。笑顔が可愛い亜里沙。彼女が笑えば私も嬉しい。 でも、中学校に入った頃から亜里沙はあまり笑わなくなった。朝学校に行く前に、亜里沙は鏡の前でため息をつく。私も慌ててため息をつく。 「綺麗になりたいな......」

太陽と月のエチュード|夏ピリカグランプリ応募作|

『ハルのピアノが大好きよ。私はいつだってあなたの一番のファンなんだから』 鏡の中でハルに顔を寄せ、お母さんは笑った。肩を抱いてくれた手のひらが、じんわりと温かかった。 念願の音楽大学に合格した日、お母さんは飲酒運転の車にはねられて死んだ。 鏡に映った自分の泣き顔を、ハルは力任せに叩き割った。 以来、ハルのピアノから感情が消えた。 音大生となったハルは、機械になったようにピアノを弾いた。無表情で次々と難曲を弾きこなす姿は、他の学生たちを遠ざけた。 試験が迫った日

【掌編小説】化粧#夏ピリカ応募

(読了目安3分/約1,200字+α)  夕暮れの部屋の中、私は母の三面鏡の前に座る。  一度深呼吸をして、鏡をそっと開く。  覗き込んだ3枚の鏡には私の醜い顔が映し出され、さらに合わせ鏡の奥に数えきれない私が映し出される。  思わずぎゅっと目をつぶり、顔を背けた。  私は顔を背けたまま、2枚の鏡を思いっきり開く。そっと瞼を上げると1枚の鏡に、逃げるような姿勢の私が映っていた。  あの顔、ヤバいよね、病気かな、可哀そう、と陰で言われたのは中学の時。高校になってもそば

父の幽霊|酒の短編11

鏡の中、ひと月前に死んだ父が映っていた。 深酒をした真夜中。湧きあがる尿意に始末をつけ、手洗いの鏡を見たときのことだ。 自分の姿を見間違えたのではない。その後ろにいるのだから、幽霊の類だろう。酔いと血縁のせいか、不思議と怖さはない。 晩年は色々あり、ひとり別に暮らしていた父。私や実家の母たちも含め、年に一、二度会うぐらい。行き来は少なかった。 「部屋の片付けを、あと黒猫……」 心残りでもあったのか、そんなことを言い残し父は消えた。 気づくと朝。夢だと思うけれど、ど

【夏ピリカ】Forget Me Not

「ねぇ、カガミって知ってる?」 チドリの突然の問いかけに、ヒバリは知らないと答える。 「ミラーのことを、昔はカガミって言っていたらしいよ。」 「ああ、古語か。でも俺は耳にしたこともない。チドリは物知りだな。」 「シュウのことに関係するかもしれないから少し調べたの。」 絶句したヒバリの顔をチドリは可笑しそうに眺める。 シュウはヒバリの友人で、チドリの恋人だった男だ。ある日突然姿を消してしまった。元々不思議なところのある男だったから、そのうちひょっこり戻ってくるのではないかと、ヒ

星とハンス|#夏ピリカグランプリ

ハンスはときどき、夜中に家を抜けて草原に行き、寝っ転がって星をながめるのが好きだった。 両親はハンスが幼い頃に亡くなっていた。祖父母に育てられたが、その祖父母も亡くなって数年経つ。だから、夜中に家を出て、草原で夜明かししても誰にも怒られない。「今日は冷えるな。」と、自分で自分の体のことを注意するくらいだ。 「今夜も星がきれいだ。」 昼間、大工の親方に「お前は何でそんなに不器用なんだ。」と叱られたり、「彼女はまだかい?」とパン屋のおばさんに聞かれたり、ムシャクシャしたこと

ツケ払い、ニャー【短編創作】

「で、払ってくれる?あの女の借金1,000万円」 突然の取り立てに、父親は困惑していた。 昼過ぎの休憩時間。 さっきまで、スマホで好きなお笑いコンビのネタを観ながら笑っていたのに、今は怒りに体を震わせている。 「こんな小さな定食屋に、そんな額を払えるわけがないだろ!」 父親は抗うが、借金取りは首を横に振る。 「保証人の欄にサインと印鑑がある。これ、あなたのだよね?」 見せられた書類を奪い取った父親の顔は、みるみる青ざめていく。隣にいた母親は泣き崩れた。 「また」だ。

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。  一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席のクラスメイトに「彼女はいつも手鏡を見てるのか」と訊くと、バツが悪そうに「分からな