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ちがうふたり、

 「とりさんだ!」

 街中の入り乱れた電線に留まっていると、ふと下から声がする。俺たちを指差して少女は嬉しそうに笑った。俺たちと同じ奴らなんてどこにだっているんだぜ。こんなの珍しくもない姿だろうに。

 「おげんきですか」

 俺らが話せないともわからず話しかけてくるのだろうか。普段は人間の言葉なんて雑音にしか思っていなかったが、キラキラな眼を余計に輝かせている気持ちに応えたくなった。気まぐれなんだ。俺だけじゃないぜ。鳥ってやつはみんなさ。俺は大きく羽根を広げる。どうだ。この羽根は、遠く遠く、何処までだって行けるんだぜ。

 「おおきい!!」

 負けじとその子も両手を広げる。飛べるわけがないのに俺に向かって地面を飛び跳ねる。人間ってやつはバカだな。呆れて見ていたその瞬間、奥から大きな車がその子に向かって走ってくる。俺は咄嗟に下に飛び、大きくその子の頭上で羽ばたいた。
 鳴るクラクション。間一髪、少女のあとほんの数センチ後ろを通り過ぎる車。驚いて尻餅をついた少女のポケットから小さな何かが落ちるのが見えた。それを見た瞬間、堰を切ったように少女は泣き出してしまった。その時、仲間が頭上でひとつ鳴いた。「場所を移動しよう」の合図だった。俺は返すように長く鳴いた。

「後から必ず行く」
「にんげんだぞ」
「でもこどもだ」

 諦めたように仲間たちは羽ばたいて行く。向かった先を見て俺はため息をつくように小さく鳴いた。

「ねぇ。おしゃべりしてたの?」

 涙でいっぱいの瞳に輝きが戻る。パチパチと瞬きをすると落ちる綺麗な雫。徐々に嬉しそうな顔に戻る少女を見ると俺はなんだか照れ臭くて先ほどポケットからでた小さな入れ物を嘴で突いた。

「これ……たからものなんだ」

 少女は恐る恐るその入れ物の蓋を開けた。開くとキラキラと光りが入り込む。それは宝石箱のような小さな手鏡だった。さっきの衝撃か鏡の表面に少し亀裂が入ってしまっている。覗き込むと真っ黒な俺の姿が露わになる。そして横から更に覗くお前の顔。亀裂を境に俺とお前。あんまりにも違うふたりだからなんだか可笑しくなってくる。

「まもってくれたんだね」

ありがとう、と少女はつぶやいた。バカだな。お前の宝物を守れなかった。あんなに怖い思いだってしたのに。にんげんって、バカだな。バカで泣き虫で、あぁ傷だらけの鏡に映ったお前からなぜか目が離せなくて。

鏡に映る自分が人間だったら。
鏡に映るお前が鴉だったら。

いいんだ。いくら想っても俺は俺でお前はお前で。鏡に映る通りの俺たちで、いいんだよな。

羽根を広げ俺は飛び立った。少女の惜しむ声が小さくなっていく代わりにチカチカと光が反射して通り抜ける。そうか。鏡を持ったまま手を振ってくれているのか。こんなの鳥目の俺らからしたらただ眩しいだけだっての。ほんと、バカだな。バカで単純で、人間はどうしてこんなにも。

あぁ、きっとこれが。愛おしいってやつなんだな。

(1197文字)

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貴重な機会を下さりありがとうございました。

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