【掌編小説】化粧#夏ピリカ応募

(読了目安3分/約1,200字+α)

 夕暮れの部屋の中、私は母の三面鏡の前に座る。

 一度深呼吸をして、鏡をそっと開く。

 覗き込んだ3枚の鏡には私の醜い顔が映し出され、さらに合わせ鏡の奥に数えきれない私が映し出される。

 思わずぎゅっと目をつぶり、顔を背けた。

 私は顔を背けたまま、2枚の鏡を思いっきり開く。そっと瞼を上げると1枚の鏡に、逃げるような姿勢の私が映っていた。

 あの顔、ヤバいよね、病気かな、可哀そう、と陰で言われたのは中学の時。高校になってもそばかすは消えなかった。前髪を伸ばして俯き、人と話すのを止めた。顔を見られたくなかった。

 鏡台にあった白粉を開ける。粉っぽいが、叩き込めば良いのだろうか。

 私は何度もクッションを押し付ける。そばかすは多少目立たなくなったものの、肌は粉っぽく、パラパラと膝に落ちた。やがて白粉に涙が混ざり、ねっとりと絵具のように肌に残る。

「ひどい顔」

 背後からの声に思わず肩が跳ねる。

 眉間に皺を寄せた母が、部屋の電気を煌々とつけた。化粧落としと洗顔を私の手にねじ込む。

「顔、洗ってきなさい」

 母から顔を逸らしたまま無言で立ち上がり、洗面台に向かう。

 怒らせたかもしれない。勝手に化粧台や白粉を使い、クッションまで汚してしまった。

 元のそばかす顔で、母に洗顔を返す。

「ここに座って」

 三面鏡の前の椅子を指す。私は黙ってそこに座る。

 母は、ゴミ箱を引き寄せその上に座ると、私と目線を合わせた。真顔だ。やはり怒っている。

 無言で私にヘアバンドを着け、化粧水をコットンに取ると、私の顔に叩きこむ。思わず身を引くと、動かないで、と叱咤された。そして、乳液をマッサージするように指先で伸ばす。膝の上でもぞもぞと手を動かしていた私は、目を閉じ、顔に意識を集中した。

「美優は若くてきめも細かいし、白いし、何にもしなくても十分綺麗よ」

 覚悟していたのとは裏腹に、優しい声音だった。

「そばかすがそんなに気になるなら、普段から化粧すればいいのよ」

「でも、学校は」

「バレなければいいでしょ」

 目を閉じた私の顔をスポンジの感触が滑る。

「でも、隠したって無くならないし、嘘つきみたい」

 柔らかなクッションが肌の上を軽快に踊る。

「本当も嘘も、隠すも隠さないも無いわよ」

 私の眉の上でハサミの音がする。

「風呂上がりのママと仕事行くときのママ、どっちか偽物だと思ってるの?」

 細く柔らかいものが、眉の上を撫でる。

「そんなこと無いけど」

「目、開けて」

 母は優しく微笑み、顎で三面鏡を指す。つられて振り向くと、三面鏡の中には、理想の私がいた。スマホで撮った時に加工した後の私。陶器のような肌と大きな瞳。

「すごい・・・」

 思わず言葉が漏れる、と同時に笑みがこぼれた。

 母は私の後ろに回り、髪を梳く。

「美優は綺麗よ。その笑った顔が最高。何よりあたしの娘なんだから、自信持ちなさい」

 笑みの後に嗚咽が続く。私は笑いながら泣いていた。

 しょうがない子ね、と言う母の表情は優しかった。

(1192字)



夏祭りならぬ夏ピリカというものを発見したので、乗っかってみました。


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