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【構造分析3】レイヤー3(ポジティブ vs ネガティブ)/『いちばんここに似合う人』

『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライは16個の短編からなる短編小説集であり、そのうちの一つ「共同パティオ(The shared patio)」についてこれまでの記事で構造分析を行ってきた。この記事では分析の最後のパートとしてレイヤー3を記載する。 ポジティブ vs ネガティブ(レイヤー3) 正しいと間違っているが入れ替わり、上と下が入れ替わる。そうした転換の予兆として象徴的なのが雑誌「ポジティブ」だろう。この置き方は非常に巧妙で、この小説の中で起こる意味の逆転が端的

    • 【構造分析2】レイヤー2(神様 vs 地上人)/『いちばんここに似合う人』

      『いちばんここに似合う人』作: ミランダ・ジュライ は短編小説であり、その全体レビューと、そのうちの一つの短編「共同パティオ(The shared patio)」についての構造分析を記載する。この記事においては、表題の通り、構造分析第2弾を記載する。 神様 vs 地上人(レイヤー2) この小説に出てくる特徴的なモチーフとして神様がある。冒頭でいきなり神様が、と言っているし、途中でいきなり、私は神の祝福を受けるようにしてヴィンセントのことを「赦す」。癲癇の治療薬を取りに行った

      • 【構造分析1】あらすじ・レイヤー1(正しい vs 誤っている)/『いちばんここに似合う人』

        『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライは短編小説で、そのうちの一編「共同パティオ(The shared patio)」について、あらすじと構造分析(レイヤー1、レイヤー2、レイヤー3)を行う。この記事ではあらすじとレイヤー1までを掲載している。あらすじはネタバレを含む。構造分析上、ネタバレを過度に警戒する読者層に気を遣うだけの余裕がこちらにないためである。 ひとつ前の記事では全体レビューを書いた。そこでメインストーリーを追うことだけが文学の楽しみではないことについて皮

        • 【レビュー】『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

          〈全体レビュー〉 ヴァチカン市国のサン・ピエトロ広場は円形の広場で、その周りを取り囲むように4列の柱からなる柱廊が置かれている。設計は彫刻家のベルニーニで、彼の名前から取った「ベルニーニ・ポイント」と呼ばれるスポットが地面に印付けられている。その上に立つと、4列の柱がぴったりと重なって一重に見えるのだ。ベルニーニ・ポイントを外れると、柱は各々に姿を現し、柱廊は人が通る隙間もないほど柱で埋め尽くされているように見える。 ミランダ・ジュライの『いちばんここに似合う人』を読んでい

        【構造分析3】レイヤー3(ポジティブ vs ネガティブ)/『いちばんここに似合う人』

        • 【構造分析2】レイヤー2(神様 vs 地上人)/『いちばんここに似合う人』

        • 【構造分析1】あらすじ・レイヤー1(正しい vs 誤っている)/『いちばんここに似合う人』

        • 【レビュー】『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

          【雑】躾のできていない犬

          久しぶりに自分のために文章を書く。自分のためというのは、自分が思っていることを書くためということだけど、考えてみれば私の場合は会社員の仕事以外にこうして書いている文章のすべてが自分のためにやっていることなのに、その中で自分のための文章と自分のためでない文章に分かれはじめるのが不思議だ。自分のためでない文章というのは、既存の小説やコントような一定の型を有する作品と呼ばれる種類のものであって、「はい、ここでカット」、「ここで風景描写」、「ここで二人の会話入れよう」といった、人を楽

          【雑】躾のできていない犬

          【雑】なにをもってセックス

          (雑記) 小説を書いたことがある人なら分かると思うけど、人の書いたものにはどうやってもその人がいて、考えていることが出てしまうから、小説を書いて、読まれて、私も人の書いた小説を読んで、そういうことがあったなら、それってなんかもう実質的にセックスなんじゃないかな。そういうのってあり得ないのかな。 セックスが肉体のやりとりでそれでいて肉体以上に精神的なやり取りの機微だというのなら、もういっそのこと肉体を介さないで精神と精神を直接やり取りした方が早いんじゃないか。 目の前にいる

          【雑】なにをもってセックス

          【エセー】リアル真夜中の恋人たち

          どうしようもなく惨めで、自分が世界で一番不幸だと思ってしまう夜がある。昔はほんのたまに、一時期は一年の半分以上夜だけでなく昼も、今はそこまでじゃないけど少なくない日数、そういうことがある。 人は生まれながらにしてそのような気持ちを持ち合わせているわけではない。最初にこの気持ちを知ったのはいつのことだろう。たぶん20代半ばのころ。それまでわたしはずっと研究者になりたいと思っていたし、そうなれるくらいには賢いと思っていた。ある所までは実際にそうだったのだけど、いざ自分が研究室に

          【エセー】リアル真夜中の恋人たち

          【詩】古本がすきだということ

          わたしは本がすきだと思う 古本がすきだと思う 古本に染みこんでいる時間がすきだと思う だれかが読んでた数時間、家に置いてかれてた時間、古本屋のバックヤードに放置されてた時間のこと そんなことを考えたりします 古本に微量に残存する理由のことを考えたりします 買われた理由、売られた理由 知りたかったこと、知れたこと、知りきれなかったこと 本を読むことで近づきたかったあの人、もっと知りたかった人、何を考えていて、何が好きなのか知りたかったあの人のこと 本の話ができた人、仲良くなれ

          【詩】古本がすきだということ

          【小説】 彼、あなた、私のインスタントな失恋相手へ

          この前わたしは手紙を書きたい相手がいないと言ったけど、あなたには手紙が書けるような気がしたので書きます。このブログに何度も出てきている彼、あなた、私のインスタントな失恋相手。呼び方はなんだっていいのだけれど。 あなたと会ったのは結局のところ3日だけだから、わたしの人生においてあなたとは無関係に、わたしだけで成立している毎日のほうが圧倒的に多いわけです。そういう意味で、ここでいうあなたは実在するあなたではなく、わたしが心を開けたかもしれない架空の希望、幻想、または執着であって

          【小説】 彼、あなた、私のインスタントな失恋相手へ

          【小説】 ふつうについて

          手紙を書こうと思います。手紙というものは、恋人とかお母さんとか子どもとか、大事な誰かに充てて書くものだと知ってはいるけど、わたしは特に手紙を書きたいと思う相手がいないので、これは自分に向けて書いている手紙です。変でしょう。おかしいでしょう。自分を分裂させてものごとを考えるのは頭がおかしくなりそうな作業です。だけどそもそもこんなことを考える時点で普通ではないので、遅かれ早かれおかしな人はいずれおかしくなるのが運命だと思うのです。小説に銃が出てきたらそれは必ず発砲されなければなら

          【小説】 ふつうについて

          【小説】 春の砂嵐

          彼は左利きで両方の腕に時計を着けていた。そのときわたしが彼について知っていたことは、そのふたつだけだった。右腕の時計は午後8時45分―それは私たちがいる日本の現在時刻だと思われる時間だった―を指し、左腕の時計は午前あるいは午後の12時過ぎを指していた。 文字盤もベルトも黒くて、着ているパーカーもズボンも黒くて、まぶたの上のぎりぎりまでかかった前髪も眼の奥まで黒いから、彼はとりつくしまが無く完結しているように見える。どうして時計をふたつ付けているの、そんな疑問を愚直に解決しよ

          【小説】 春の砂嵐

          【小説】 悪夢十夜:第一夜「母と瀧浪くん」

          こんなことがあった。 「ねえ、瀧浪くんがあんたのこと見てるよ」 男の子の恋心ってかわいくて仕方がない、というように母が言った。 母は楽しくてたまらないと心の底から思っている人だけが放つ、あの顔の皮膚の奥、真皮のもっと奥底から湧き上がる笑顔で、私の耳元に顔を近づけてそう言った。 日能研から帰る夜のバスのなか、母と私は二人で座っていた。小学校四年生の時だったと思う。 小学四年生から中学受験の塾に通う生徒は公立小学校では全然多くなくて、女の子が私を入れて三人、男の子は瀧浪くん

          【小説】 悪夢十夜:第一夜「母と瀧浪くん」

          【小説】 話にならない女言葉のはなし

          ******** 「小説を書こうと思ったの。」 女は言った。 「できると思ったのよ。エッセイをいくつか書いたあとにね、確信したの、私ならとんでもないものが書けるって。それが、いざやってみたら全くすすまないの。セリフの一つすら書けやしない。うそだと思ったわ。」 「あんなにたくさんの文章を書いてきたのに。五百ページの明細書だってイチから書いたことがあるわ。いや、仕事のことを言いたいんじゃないの。もっとこう、内面的なことよ。精神、思想、そういうこと。書きたい内容はいくらでも湧

          【小説】 話にならない女言葉のはなし

          【エッセイ】「自分で文章を書いたりしてないんですか?」

          10月のおだやかな空気は、まるでそこに酸素さえ存在しないよう。 完璧な快適さのなかにいるときは、誰もそれが快適であることにも気づかない。 頭のかたちに窪んだまくら。白ワインを頼んだときに、大きな氷をくるくる回して冷やされたつめたいグラス。役目を終えた氷は人目につかないまま、ひっそりと捨てられる。ジャスミンの切り花の元で眠る、白い犬の不規則な呼吸。そういうものに似ている。 夏や冬という季節すら、存在していたかどうか思い出せない。 どうして人間はウールのコートなんか着るの?セー

          【エッセイ】「自分で文章を書いたりしてないんですか?」

          【エッセイ】 穏やかで優しくて賢い人たち

          職場の人たちのことだ。 彼らはみんな賢くて、穏やかで優しい。 私は製薬会社で働いている。 本社での仕事は、手を動かすタイプの仕事はほとんどなくて、沢山の資料を読んだり情報のヒアリングをして複雑な物事を整理して、皆でたくさん議論をする。 契約とか、各国の規制とか、特許とか、技術内容とか、あらゆる事象すべてが検討対象。分からないとかやったことがないとか、そんな言い訳が通じる分野はない。 おっとりした口調だけど、彼らは課題を的確に特定して、ふわっとした言葉で色んな部署の合意を取

          【エッセイ】 穏やかで優しくて賢い人たち

          【エッセイ】身体目的かそうでないか

          マッチングアプリで知り合った男性とキスをして、告白されて、彼は車で家まで送ってくれたけど、私はそのまま家に帰り、その直後に彼からの音沙汰がなくなった。 これは先日の私におきた出来事だ。 告白された1時間後にフラれるという私の体験を聞いたある人は、相手の男性が身体目的だったのではないか、と言った。 身体目的だったけど、セックスができなかったから、音信不通になったのだ、と。 だけど、私たちの間に起きたことは決してそうではないと、断言できる。 そこには互いに惹かれあう確かな好意

          【エッセイ】身体目的かそうでないか