GK大国・ドイツ式?選手の自立を促すGK指導論|松本拓也が伝える、GK指導の本質
理想はなんでもできるGK
全5回でGK指導のすべてを学ぶ今回のアカデミー。第1回ではまず、GK指導の最終目標、年代ごとのトレーニング計画の立て方といったGK指導の概要を把握するための講義が行われた。第2回以降で具体的なトレーニング法やGKの戦術を学ぶ前に、まずはGKとGKトレーニングの全体像を整理しようという狙いだ。
講義のなかで松本氏は、理想のGK像を「なんでもできるGK」と語っている。「そんなの当たり前じゃないか?」と思われる方もいるかもしれないが、現代のGKにおいて、この「なんでもできる」に求められるレベルは非常に高い。というのも、現代GKに求められる役割は以前と比べて格段に増えているからだ。
例えば近年、前線からのプレッシングとプレス回避の高度化に伴い、GKにも足元の技術がますます要求されるようになった。マンチェスター・シティに所属するエデルソン(ブラジル代表)のように、フィールドプレーヤーを凌駕するほどの技術をもつ選手も出現している。
しかしここで注意しなければならないのは、足元の技術もGKに求められる技術の1つに過ぎないということだ。
そもそも、GKとはフィールドの全11人のなかで唯一手を使うことを許されたポジションであり、最も重要な役割は「ゴールを守ること」だ。そしてそのゴールを守る方法も、実に多岐に渡る。
飛んでくるシュートに対して、ゴールライン付近に残って止めるのか、それとも前に詰めて体で面をつくりブロックするのか。ゴール前に残るにしても、ポジションは具体的にどこにとるのか。飛んできたシュートがグラウンダーだったとして、それを足で弾くのか、それとも片足を抜いてコラプシングで手を伸ばすのか。そもそもそれ以前に、相手FWにパスが渡る前に自分が飛び出してクリアするのか、味方DFに行かせるのか。コーチングを駆使してシュートを打たれない状況に持ち込めれば理想だが、それには具体的にどのタイミングで誰に声を掛けるべきなのか。一言に「ゴールを守る」と言っても、パッと思い浮かぶだけでこれだけ多くの手段が存在する。
前述した足元の技術も、あくまでもGKに必要とされる要素の1つであり、当然ながら対シュートやその他でも多くの役割・技術が求められる。前述したエデルソンにしても、足元の技術だけでなく、GKとしての総合力が高いからこそビッグクラブでプレーできている。
シュートへの反応が良いだけではなく、足元が上手いだけでもない。戦い方はさまざまあるなかで、チームとして選択した守り方、あるいはビルドアップのやり方などに柔軟に対応できる。それが現代GKの理想像なのだ。
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GK大国・ドイツにおける、自立を促す育成環境
では、その「なんでもできるGK」を育てるには、あるいはそこに少しでも近づけるには、どんな指導が望ましいのだろうか。講義のなかで松本氏は、GK指導の最終目標をズバリ「自立させること」と定義した。その中身は下記の通りだ。
放っておいてもプロのトップレベルまで到達できるポテンシャルをもつ選手であれば、年齢が上がり経験を積むと共ににこうした自主性も育まれていくのかもしれない。だが、例えば小学生~中学生の年代でこれらを自然と身につけていくのは、決して容易ではないだろう。
ところがGK大国・ドイツでは、育成年代の、しかも決して才能に恵まれているというわけではない選手でも、遠慮なくGKコーチに自己主張してくるのだという。
「カイザースラウテルンのアカデミーを指導していたある日、U-13で試合にもほとんど出場できていない選手が『拓也!1対1の練習がしたい』と言ってきたんです。翌日、そのリクエストに応えてトレーニングを行ったのですが、その時にその彼はなんて言ったと思います?『拓也!自分がやりたかった1対1はこれじゃない!』って言うんですよ(笑)。日本ではなかなか無いことなので驚きましたが、ドイツでは年齢や競技レベルに関係なくフラットに言い合える土壌があるんです。指導者側も選手から意見や反論をされた際に『誰に向かって言ってるんだ!』と怒るようなことはあまりありません。逆にその選手の意見が一理あれば、『たしかにそうだな』と受け入れることすらあるんです」
また、GKに限った話ではなく、ドイツには個々の自立が自ずと促される仕組みや文化があったと松本氏は語る。
「ドイツでは10歳の段階で、将来自分が勉強して大学を目指すのか、それとも手に職をつけるのか(プロスポーツ選手含む)を選択するんです。小学4年生の年代で大きな決断を迫られるので、幼少期から自らの将来について真剣に向き合う機会が多い。自主性が高く、10代のうちから自分の意見をはっきり主張できる選手が育ちやすい要因として、そういった背景もあるのだと思います」
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指導の順序は応用→技術→応用
日本で選手の自立を促すには、どのようなアプローチをすればよいのだろうか?文化や環境の違いもあるなかで、意識したいのは指導の順序だ。
他の競技でも似た傾向があるのかもしれないが、日本では初めに基礎的なキャッチングなど、動作の形を体に覚えさせるところから入り技術を固めていくことが多い。しかし、本場・ドイツのGK指導は真逆だ。まずは好きなようにシュートを止めさせて、そのあと技術的な指導を入れて修正していくケースが多いという。
「特に小学生~中学生年代では、細かいことはいいからまずはやってみようと。いきなりシュートを止める練習(応用)から入るんです。そして、GKコーチが選手たちをよく褒めます。日本であれば『今のは止めたけど手の形が……』と指導が入りそうな場面でも、まずは止めたという結果をしっかり褒める。そして、初めから答えを与えることはあまりしません。選手自身に自主的に考えることを促しながら、必要に応じてそれぞれの課題を修正していきます」
こうした指導を、松本氏は育成年代だけでなくJクラブのトップチームでも行ってきた。講義終盤に、その当時の実際のトレーニング映像が紹介された。
松本氏が、(攻撃側から見て)左斜め45°からファーへワンタッチでループシュートを放つ。選手はクロスステップで背走し、クロスバー目前で上側の手(右手)で弾き出す。読んで先に動いてしまわないように、時折ニアへのシュートも織り交ぜる。その日はこれを一定の本数行った。その際、トレーニングの意図はあえて説明していないという。
続いて、翌日のトレーニングの映像が流れる。今度は選手がピッチに座った状態から、後方に投げられたボールを倒れながら片手でキャッチし、腹筋を使って起き上がりながらGKコーチに返す技術トレーニングだ。映像を流しながら「この辺りで選手たちは『あ、これ昨日やったシュートに対応するためのトレーニングだ』と気づき始めています」と松本氏が補足を入れる。
その後、再度前日に行ったトレーニングを行う。選手たちが落下点に入るスムーズさは格段に上がり、手を出すタイミングも見違えるほど良くなっていた。「自主的に考えることを促しながら、応用→技術→応用の順にトレーニングを組み立てて課題を修正する」流れのまさに実演だ。すでにプロ選手としてトップレベルでプレーしているGKであっても、トレーニング1つですぐにプレーに変化が生まれるとは驚きである。
この解説を終えたところで、第1回の講義は終了。その後の質疑応答では、参加者から多くの質問も寄せられた。
松本拓也GKアカデミーでは、育成年代からトップレベルにかけて、間違いなく自身のGK指導の糧となる内容の濃い講義が行われている。全5回の講義があなたのGK指導のバイブルとなるはずだ。ぜひこの機会に受講をご検討してみてはいかがだろうか。
ホワイトボードスポーツでは引き続き、第2回以降のレポート記事も随時アップしていく。
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