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生きるって

生きるって楽しいですね。
友達が増え、スポーツで根性を身につけ、服を選ぶワクワク感を知り。人生の夏休みを謳歌し、好きな人と恋に落ちては時に誤る。カフェでのお喋りに居酒屋での暴露。好きなお酒ができ、いつのまにか大人になった自分を祝福したくなる。当たり前のようにクーラーをつけて好きなものを食べる。平日は日により疲れるけれど、金曜の夜には小さなパーティー。土日は友人や恋人と行きたいところへ行き、又は己の趣味に熱中するなどして心を癒す。


しばらく生きてみたのですが、


生きるってなんでしょうね。
毎日息の詰まるような思いで会議をして、定時過ぎ、いや、午後21~23時頃までパソコンのキーボードを叩き区切りを付ける。家までの道がとてつもなく長い。夕ご飯など作る気力さえ無く、スーパーやコンビニの添加物大盛りご飯を食べる。30分で食べなきゃと思い、味わいもしないまま。シャワーを浴びて、急いで髪を乾かす。鏡に映る、鎖骨の見えた少し痩せた自分。日々の疲れやストレスに、この世に占める私の存在を小さくさせられた様な気がして悔しい。添加物にやられた肌がくすんでいる。
土日の仕事も当たり前になってしまった。友人や恋人との微笑ましい時間。持ち込んだ仕事とストレスにより質を下げているのを感じる、罪悪感とはこのことか。好きな人に優しくできなくなってしまった自分が憎い。

朝起きて涙が出るようになった。
あんなに頑張っても痩せられなかったのに、気がつけば8㌔の減量に成功していた。
家族の温かさが鬱陶しくなって、
恋人との時間はピンク色から薄暗い色へと変色してしまった。
人と話すのが面倒くさい、私の時間を奪わないでくれ。
たらたらとした人がうざったい、貴方みたいに暇じゃないから。
心配してくれる人すら目障りだ、私の気持ちや状況等分かりもしないのにと。
そして、生きる楽しさを考えるようになった。

ここまで来てようやく自分が怖くなって、休職した。
休職したけれど、余計に分からなくなってしまった。

私など社会に居なくても世界は何も変わらず進んでいる。
今まで何故頑張って生きていたのか、
頑張ってまで自分は生きたいのか、
電車に乗っているサラリーマン達は何を源に生きれているのか、
強くなりたいと願う人は何故自分自身を鼓舞して戦い続けるのか、
何故みんな当たり前のように生きているのか。


私は死にたいわけではないが、
生きたいのか分からなくなってしまった。
何をしても感情が動かず、けれども悲しみと無力さにのみ体が反応して涙する日々。

明るく生きている人が羨ましい。
というより、尊敬、いや不思議でたまらない。

生きるってなんでしょうね。