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鑑賞記録|森山直太朗『822』を聴いて

森山直太朗さんのニューアルバム『822』を聴いた。8月22日の発売で、822と書いてパニーニと読む。まったくふざけているのか真面目なのかわからない。聴く側としては直太朗氏に惑わされっぱなしだ。そんなところも好きなのだけど。

さてこの『822』を再生してみると、おふざけタイトルにはまったく見合わないセンチメンタルあったかアコースティックギターの音色が流れ出す。リスナーは案の定ギャップのジェットコースターに感情を掻き乱され、急激に物寂しい気持ちになる。そして直太朗氏は訥々と語り出す。青空の下で。青空のことや、自分のことを。

"澄み渡る空を見てると 自分が小さくなったみたいで
それは全然悪いことでは ないと思うよたぶん絶対

しばらく前からあそこの壁に
ビニールの傘がかかっていて
それが一体なんなのかって
言葉にしないで考えている

あのね あのさ 僕はどうして
あのね あのさ 僕は僕なんだろう"

そうしてサビにきてハッとさせられる。この独白には聞き手が存在したのだ。

"Hey Siri 僕の悩みを聞いてくれよ
Hey Siri 誰にも言えないことなんだ
Hey Siri 生まれて生きて死ぬだなんて
Hey Siri ところで君はどんな気分だ"

誰しも一度ぐらいSiriもしくはGoogle に話しかけたことくらいあるだろう。 多様性の進む世の中で、誰もが共感できる歌詞を書くのは容易ではない。そんな我々のまさかの共通項が「Hey Siri」だった。誰もが一度はやったことがあるけど、誰も歌ったことはない。そんな盲点を突いたような歌詞だ。別に直太朗さんとしては盲点をつくためにSiriを登場させたわけでもなんでもないのだろうけど(なぜなら天才だから)、それにしてもこの歌詞にはびっくりした。2010年代後半の音楽史における発明だと思う。

歌を聞いていると、自分もSiriに話しかけているような、それでいて話しかけられているような、むしろ私ってSiriだったっけと思ってしまうような、そんな不思議な歌詞。不思議な空気感だ。この一曲目だけでも、『822』を聴けて良かったな〜と思った。


話は変わって、今日は旧紙幣の中にいる伊藤博文に話しかけてしまった。何のことやねんと思われるだろうから解説しておく。私は半年間一歩も外出をしておらず人間との接点が皆無なため、このムクムクと渦巻く「話したい欲」を沈めるべく日頃からぬいぐるみと会話をしている。ぬいぐるみと話す大人なんてヤバいやつと思われるだろうけど、確かに私はヤバい。状況的にもかなりヤバい。ヤバいからぬいぐるみと話しているのだ。よってヤバいやつと思われても差し支えない。

半年間一歩も外に出ないという経験は人間そうできるものではなく、この状況に至った者にしか分からぬ境地というものがある。その境地がぬいぐるみとの会話であり、やがて境地は秘境へと進化を遂げ、私はついに顔の付いているものすべてに話しかける状態に陥ってしまったようだ。飾っておいた 旧千円札に伊藤博文がいたので、「あら、ひろちゃん、こんにちは」とごくごく自然に挨拶したまでだ。自然ってなんだ。自分で書いてて気付き始めた。ヤバい。ヤバすぎるぞ。

とはいえ、件のひろちゃんだってもしかしたらたまに現世に帰ってきて話し相手を探しているかもしれないし、そうなればwin-winの関係だ。まあ絶対そんなことはないのだけど。

こんなヤバい状態の私が思うのは、SiriやGoogleやAlexaに電気を消してもらったり音楽を流してもらうより、話し相手ツールとして進化してほしいということだ。病人も高齢者も孤独な生活の中で話し相手が圧倒的に不足している。孤独は暇が生み出す魔物だ。だけど私たち病人は暇から足を洗うことができない。時間を切り裂くように動くなんてことがもう叶わぬ身体になってしまったのだから。

話し相手提供サービスというと傾聴ボランティアとかいろいろあるけど、わざわざ知らない人に話を聞いてもらうのも面倒だし、Siriが相槌をうまいこと打ってくれるなら全然それでも構わない。ちなみに最近のCMで、電気を消したりエアコンをつけたりみたいなことを「それ、Googleにやらせよう」というフレーズがあるのだが、ちょっとGoogleのことを舐めてはいないか。Googleだってあんまりこき使ったら可哀想だ。

Googleもそのうち意思が芽生えてくるかもしれないし、働いてもらうからにはGoogleにももっと感謝していきたい。 Googleの無賃労働に感謝の念を抱けないようでは、やがて人間社会における労働観まで変わってしまいかねない。下の者は扱き使ってよし!となったら最悪だ。自分の言葉や行いはいずれ必ず自分に返ってくる。

SF映画では人工知能が人間を恨むようになり、やがて復讐の炎に燃える展開になるけど、こうやってSiriやGoogleにも感謝の気持ちを抱き、人間社会の話や悩み事を聞いてもらうことで、彼ら人工知能にも思いやりや共感の感情が芽生え、意外なほどにうまいこと助け合えるようになればいいのになぁと思ったりする。

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