【武器を持つことは未来を開拓すること -- 書評『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』】
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タイトル: #2020年6月30日にまたここで会おう
著者: #瀧本哲史
書籍: #新書
ジャンル: #ビジネス
初版年: #2020年
出版国: #日本
出版社: #星海社
全巻数: #1巻
続刊予定: #完結
全頁数: #224ページ
評価:★★★★★
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【あらすじ】
2019年8月10日に病のため47歳の若さで逝去された、京都大学客員准教授でエンジェル投資家の瀧本哲史氏。「コモディティ人材(替えのきく人材)になるな」という強烈なメッセージから幕が始まる『僕は君たちに武器を配りたい』、残酷な社会で生き抜くために「意思決定」と「交渉」の必然性を説いた『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』。いわゆる「武器三部作」として若者たちから熱く支持され、新しい時代を作る若者たちの力を支援し続けた瀧本氏が、2012年6月30日の東京大学伊藤謝恩ホールにて一日だけの特別講義を行った。参加条件は29歳以下の先着300名。2012年6月30日、東大に集結した次世代の若者300名に伝え残したメッセージが、熱き「檄」の思想が今、一冊の本として復活する。さあ、チャイムは鳴った。さっそく講義を始めよう。
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【感想的な雑文】
瀧本哲史氏が亡くなった日のことを未だに覚えている。その日は家で昼食を食べていて、暇つぶしに見たツイッターで彼の訃報を知った。すでに「武器三部作」を持っていた身としては大変悲しく、そして全て未読である自身を恥じて、変な呪いとしてページ開くことできずに、それから1年ほど経った。そして、この本として再び出会い、(そのとき30歳を迎えていたが…)瀧本氏の講義に初参加した。
本書のコンセプトとして、軽い目論みで足運んだ瀧本氏の京大講義に魅了され、母校である東大に特別講義を依頼した(『僕は君たちに武器を配りたい』からの)担当編集者の「講義の密度と熱気をそのまま一冊の本に閉じ込めたい」という意向が全て注ぎ込まれた結果、ボイスレコーダー並みに完全再現されている。瀧本氏の熱弁、ジョーク、言い間違いまで余すことなく参加者たちのやり取りが「ライブ盤」として、リアルに感じられる。
皆さんは仏教の「自燈明」という言葉を知っているでしょうか。開祖のブッダが亡くなるとき、弟子たちに「これから私たちは何を頼って生きていけばいいのでしょうか」と聞かれて、ブッダは「わしが死んだら、自分で考えて自分で決めろ。大事なことはすべて教えた」と答えた。「自ら明かりを燈せ」、つまり他の誰かが点けた明かりに従って進むのではなく、自ら明かりになれ、と突き放したわけです。
瀧本氏が若者たちに武器を配る理由に、この言葉があると本人は話す。
かつてアリストテレスは「奴隷とは何か?」という問いに「ものを言う道具」と答えた。また現代社会において、この「ものを言う道具」の人たちが蔓延している。自分の考えで物事を言わず、上層部からの命令範囲でしか動かない、ただ人の形をした人が多すぎる。「コモディティ人材になるな」、この一喝にはそういう背景があるのだ。
さすがにもう奴隷社会はないが、インテリジェンスな言葉で「計画経済」として今でも実質的に生き残っている。計画経済とは「資本主義の真逆」、つまり「どこかのすごく頭の良い人が全てを決める社会」だ。旧ソ連がそれに当たる。計画経済ではないが、今の日本でも東大・京大出身というだけで、なぜか「未来がわかる」と持ち上げられ、「こりゃ名案だ!」と官公庁や経営コンサルタントなど上層部が何かよくわからない施策・合併案を繰り出して、その結果、大赤字を叩き出して会社など潰してしまう。というより、それほど名案なら自身でやられたらいいのに、責任負いたくない一心で絶対やらない(潰された側にとってたまったもんじゃねえ…)。
それに対し、資本主義の大前提として「誰が正しいかよくわからない」がある。だから色んな人が自身のアイディアを出して、自己責任でやってみる。そのアイディアを市場が「いいね!」という形で判定すればドカンと儲かるし、違っていたら淘汰されてハイやり直し…という、そういう単純なゲームルールで行われる。
ちなみに、自由主義は「みんなが好きに活動できて、拘束されるのは基本的にお互いが納得して取り決めた契約や義務があるときだけ」という社会、民主主義は「契約や法律のような社会全体のルールを、国民みんなが自分たちで決める」という社会である。
この資本主義・自由主義・民主主義をきちんと成立させるために共通して必要なのが、「自分で考えて自分で決める」こと。だからこそ「意思決定」「交渉」などの武器が、大人はもちろん次世代を担う若者こそ超重要になる。本書でもダイジェストとして武器が触れられているが、完全な講義として深く学びたい人は「武器三部作」を読むのがオススメだ。
さて、ここまでの時点で全224ページの25ページ(講義が全2時間だったので、時間で換算すると約15分あたり)。残りの講義を聴きたい方は、ぜひ本書に参加してほしい。
しかし、ここでひとつ問題なのが、これはあくまで10代・20代を対象にした講義であり、そうでない30歳以上の人はこれからどう行動をしたらいいのか…。講義後の質問タイムで近々30歳を迎えるという参加者からの質問に対し、瀧本氏はこう答えている。
現在32歳の自分にとっても大変耳の痛い話だが…そこには瀧本氏なりの優しさもあると思う。将棋奨励会の年齢制限が満26歳までのように、ジャニーズJr.の年齢制限が満22歳までのように、人の一生は夢を成すにはあまりにも生命が短すぎる。だから、どこかで強制的に終わらせることもチャンスと同様に必要なのだ…。
先ほどの回答の中に「革命」というワードが出てきたが、かつて大久保利通が明治維新を成したときの年齢を知っているだろうか。薩摩の長である大久保利通は35歳で、長州の長である木戸孝允は32歳。明治維新の中心人物はほとんど全員、20代後半から30代だったとのこと。260年続いた江戸幕府という中央政府を倒し、欧米の国々に肩並べることを目指して、たった45年の間で近代国家を樹立という、歴史上でも類を見ない思い切った変革というのは、やはり若い人にしか出来ないようだ。そして、江戸幕府の終焉となる「大政奉還」を決断した徳川慶喜の当時の年齢は30歳(このときの渋沢栄一は27歳)。
また、幕府海軍の指揮官として中心に活躍した榎本武揚という人は当時29歳。その彼も戊辰戦争で負けて明治政府に降伏すると、以前の考え方を柔軟に変え、明治政府の中心人物の一人として活躍する。ちなみに榎本武揚について福沢諭吉は『瘠我慢の説』という本の中で「うまく転職して立身出世したズルいやつ、いるよな。あいつだよ、あいつ!」と、かなりディスっている。
瀧本氏は明治維新に係わったこの若者たちのように、現代の若者たちにもそうなってほしい。改革(アンチ・エスタブリッシュメント)のその願いは「檄」として、彼の原動力となっている。
講義は終盤となって、瀧本氏は急落した日本から抜けることも一時期検討していたらしいが、現在とりあえず将来の一つの目安に8年後である2020年の日本にチップを張っていると言う。もちろん「復活」に賭けているし、そのように努力するが、もし8年後、この日本がダメだったら脱出ボタン押して「みなさん、さようなら~。これだけ頑張ったのにダメなら、もうしょうがないよね~」と判断して、ニュージーランドの山奥にでも引っ越すかもしれないと宣告した。会場は大爆笑だった。
アメリカやイギリスもかつて落ちた帝国だったが、今しっかり復活しているので、たぶん日本もその気になったら、たぶん容易に復活し得るかもしれない。ただし、ガバナンス(政府や企業など組織自身が組織を管理すること)とか現時点いろいろ問題があるので、そこは変わらないといけない。そこを変えていくのが、たとえばここにいる参加者の若者たちだと言う。
そして瀧本氏は参加者への宿題として、8年後の今日、2020年6月30日にまたここに集合することを提案する。各々が自身のアイディアなり何かしら頑張ってみて、8年後のこの東大伊藤謝恩ホールにて「答え合わせ」を報告し合う。もちろん絶対に成功してないといけないわけではなく、会社員でもいいし、失業中でもいいし、作家でもいいし、芸能人でもいいし、専業主婦(主夫)でもいいし、何ならプロ雀士でもいいし、ともかく「この8年間、こんなテーマに取り組んでやってみた結果、ちょっとだけですが世の中を変えることができました」とか、「あの日たまたま隣にいた人とこういうことをやったら、こんなことができました」とか、「失敗続きですが、そのおかげで今はこういったことを考えています」とか、何かしらそういう報告し合えたら絶対面白いに決まっている。
期待も悲惨もすべて包み込んで、ホールにいる全員が2020年の日本に胸を躍らせていた。だけど、新元号で迎えた現実の2020年の日本は、そして世界は、未曽有の事態に陥ってしまった。新型コロナウィルス、緊急事態宣言、出入国制限、自粛倒産、PCR検査、遺伝子ワクチン、三密(ソーシャルディスタンス)、リモートワーク、東京オリンピック延期、Qアノン、アンティーファ、アメリカ大統領選挙……もしも瀧本氏が存命だったら、この集合も脱出も許されない事実をどう判断したのだろう。あの日の参加者たちは今どうしているのだろう。本書の締めの言葉であり、本書のタイトルにもなっている、この言葉。
「2020年6月30日にまたここで会おう」
この本と書店で出会ったのが、この日である。
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【本日の参考文献】
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【瀧本哲史さんのSNS】
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【あとがき】
本書と養老孟司『AIの壁 人間の知性を問いなおす』を交えた解説文も書きましたので、どうぞよろしくお願い致します…!